Ganesh Sitaraman著「Why Flying Is Miserable: And How to Fix It」

Why Flying Is Miserable

Ganesh Sitaraman著「Why Flying Is Miserable: And How to Fix It

「どうして(アメリカの)空の旅はクソみたいなのか」を解説しその打開策を提言する本。これまで紹介した本だとAdam Kirsch著「The Revolt Against Humanity: Imagining a Future Without Us」やYasmine El Rashidi著「Laughter in the Dark: Egypt to the Tune of Change」と同じ、焦点を絞ったトピックを短くサクッとまとめる「Columbia Global Reports」というシリーズの一冊で、シンプルで明快な内容。

アメリカの空の旅のどこが悪いかというと、消費者を騙し討ちするような隠された料金が多い複雑な料金体系、座席以上のチケットを売るせいで混雑しお金を払った便に乗れないことがある、頻繁に起きる遅れやスーツケースなどの損傷や損失、地方都市への便の縮小や廃止、大手4社による寡占、労働者の使い捨てや賃金削減とそれによるサービスの質の低下、などなど。著者はその原因が1970年代に起きた航空業界の規制緩和にあると指摘する。

1970年代の規制緩和は、チケットの料金が市場競争ではなく飛行距離などから決められたり新規参入が制限されるなど航空会社が市場競争から規制によって守られており、そのせいで消費者は本来よりも高い運賃を払わされているという論理によって進められた。それを推進したのは市場原理を重視するシカゴ学派の経済学者だけでなく、消費者運動家ラルフ・ネイダーやテッド・ケネディ上院議員らリベラルと呼ばれる人たちも積極的に賛成した。しかしチケットの料金設定や路線の許認可などが規制されていたのは業界の既得権益を守るためではなく、航空便によってもたらされる利便を全国に行き渡らせることで経済的な発展や文化へのアクセス、そして家族や親戚を含めた人々の交流を支える目的があった。

全面的に市場競争に任せた場合、安定した需要が見込める一部の路線ばかりに航空会社が群がり、地方都市への便は数を減らされ料金が高騰する。その結果、大都市に比べて不便で割高となった地方の路線の客はさらに減り、チケットの代金がさらに高騰し、便が減ったり無くなったりしてしまう。そうなるとその地方はビジネスに不利となり、企業や労働者が流出して過疎化が進む。そうした悪循環を防ぐには、需要の高い路線で得た利益でそうではない路線で生じる損失を補填する仕組みが必要であり、そのためには政府が航空会社に対して路線や料金の許認可において影響力を行使できなくてはいけない。要するに、航空業界は水道や電力や郵便や通信と同じようにインフラストラクチャーとして全国で必要とされているので、どの地域でもある程度均等にその利便を得られるようにするための規制が必要となる。

また航空業界ではほかの多くのインフラストラクチャーと同じく、ネットワーク効果やスケール効果が強くはたらく。すなわち、ある路線の価値はその路線を通して別のどの路線に繋がることができるかに依存しており、また空港のゲートや航空機・各空港に配置された整備工やパイロットなどの労働者を揃える固定費用が膨大なのに対して乗客を一人増やしたり便を一つ増やす際の限界費用は比較的小さい。また、そもそも空港のゲートなどの施設は有限でありいくら需要があっても簡単には増やせないので、それらを抑えている既存の大手企業が圧倒的有利。そのため、規制緩和の直後には多数の新規参入があったがすぐに淘汰され、いまでは国内ではアメリカン、ユナイテッド、デルタ、サウスウエストの四社、世界的にも最初の三つがそれぞれ主導するワンワールド、スターアライアンス、スカイチームの三大グループに集約されている。

規制緩和の結果、これらの航空会社は事業の効率化を迫られる。無駄を省くといえば一見良いことだが、最初に列記したような複雑な料金体系、チケットのオーバーブッキング、不利益路線の廃止、労働者の待遇の急激な劣化、サービスの質の低下など、さまざまな問題はそこに原因がある。また効率を重視したハブ&スポーク方式の路線設定により特定の航空会社が一部のハブ空港に路線を集中させ、また余剰な施設や労働者(や販売するチケットの数に対する座席の数)を限界まで削ぎ落としたことは、ある空港や路線で異常気象やその他のトラブルがあった際に大量の欠航を起こす脆弱性を生み出した。インフラストラクチャーの効率化が脆弱性を生み出し2008年の金融危機や2020年のコロナウイルス・パンデミック、そしてそれ以降いまも続くサプライチェーン問題や労働力不足に繋がっていることはCoco Krumme著「Optimal Illusions: The False Promise of Optimization」やDeb Chachra著「How Infrastructure Works: Transforming our shared systems for a changing world」にも書かれているが、それと同じことが航空業界でも起きている。うまくいっている時は利益を投資家に分配しておきながら9/11同時多発テロやコロナウイルス・パンデミックのような緊急事態によって莫大な損失が生じると政府による救済に頼るのも金融業界と同じ。

著者が力説するのは、こうした現状は政治的な選択の結果であり、したがって異なる選択による対処が可能であるということだ。その選択が政府による航空業界の国有化なのか、私営の独占企業として厳しい規制化に置くのか、あるいは同じく厳しい規制のもとでいくつかの企業にサービスなどの側面で競争させるのか、などさまざまなオプションがあるが、何らかの対処は必要。共和党は政府による経済への介入に否定的だが、実際に路線が廃止されて人々が困っている地域は共和党支持者が多い「赤い州」なので、かれらが地元の活性化のために航空業界の規制を求めればなんらかの改革はありえなくはない。

本書の内容はだいたいわたしの以前からの認識と同じだったのだけれど、驚かされたのは航空会社が規制緩和以降にはじめたマイレージ(マイル)プログラムが航空会社そのものに匹敵するほどの規模のトークンマネーになっている事実。マイレージプログラムはもともとは消費者の囲い込みのためにはじまったものだけど、クレジットカード会社やホテルなどの企業と提携することで「マイルを他企業に売る」というビジネスをはじめて以降、航空会社は航空事業より金融事業から利益をあげるようになっている。企業や消費者が持っていてまだ使われていないマイルは帳簿上は負債だけれど実際には利息の付かない超好条件の借金であり、使われないまま死蔵されると丸儲けだし、マイレージプログラムの規約改正で期限を設けて取り上げたりレートを変えて価値を減らしたりとやりたい放題。やばくない?航空業界規制というより金融業界の規制でどーにかしないとあかんわこれ。