Xi Van Fleet著「Mao’s America: A Survivor’s Warning」

Mao's America

7歳から17歳にかけて文化大革命を経験し26歳でアメリカに移住した中国系移民女性が、アメリカで再現されつつある(と彼女が考える)「アメリカの特色のある文化大革命」を警告する本。

子どものころ文化大革命が起き、地主だった叔母の存在で肩身の狭い思いをしたり紅衛兵になった従姉妹に憧れた話や、学校で教師が糾弾され教育内容がガラッと変わり『毛主席語録』を読み漁った話、文化大革命の後半にはほかの多くの若者と一緒に地方に送られてろくな道具も与えられずに農業に従事させられて怪我をした話など、著者が実際に経験した激動と混乱の時代の話はとても興味深い。「アメリカ人は文化大革命についてわかっていない」というけど、そりゃ経験者にしかわからないよこんなの。

それに対して著者が警告する「アメリカの特色のある文化大革命」(これは中国政府のスローガンである「中国の特色のある社会主義」のマネだけど)については、書かれている内容の大半が右派メディアに登場するコメンテータや右派団体が宣伝しているデマや誇張が大半でリアリティが全然ない。しかも仮にそれが全部事実だったとしても「悪巧みしている連中がいて時々おかしな問題を起こしている」というレベルに過ぎなくて、中国で実際に起きたこととはまったく比べ物にならない。それでいて、実際にアメリカで起きている(著者が支持する)言論弾圧については「そんなのは弾圧とは呼べない、実際に弾圧を経験した自分にはわかる」と言ってのけるのがずるい。

著者はヴァージニア州に住んでいて、地元の教育委員会に出席して「批判的人種理論を教えようとしているいまの学校は毛沢東時代の中国と同じだ」と発言したところその動画がバズって有名になりFOX Newsほかさまざまな右派メディアや右派集会に呼ばれるようになった人。ジョージ・フロイドはただの犯罪者なのに左翼が英雄に仕立て上げている、批判的人種理論は白人は生まれつき悪だと教えている、など言っている内容は彼女を呼んでいる右派メディアの普段の主張をそのまま繰り返しているだけなのだけど、そこに「自分は同じことを中国で経験してきた、アメリカは当時の中国と同じになっている」と付け加える証言者として重宝されている。

で、学校で人種差別について教えることには思想の自由に反するという理由で反対しているけど、共産主義の悪について教えるよう法律で義務付けることを支持していたり、実際に連邦議事堂に侵入して民主主義を転覆しかけたトランプやその支持者たちではなくホワイトハウスのすぐそばでデモを起こしたブラック・ライヴズ・マター運動やアンチファが「政府を暴力で転覆しようとした」と言ったりと、言ってることがデタラメすぎる。どういう政治勢力が実際に教育に介入しているのか、実際に誤情報を拡散しているのか、実際に暴力的に民主主義を否定しようとしているのか、実際にキャンセルを行っているのか、といった点でまったく事実に基づいていない。あんまりいい加減なんで、せっかくリアリティをもって語られている著者自身の子ども時代の経験についてすら信用できなくなりそうで残念。

アジア系アメリカ人やアジア系移民のコミュニティ内にはむかしから保守主義的な部分があって、それは伝統家族的(反個人主義的)な考えに基づいたジェンダーやセクシュアリティに対する保守的な価値観だったり、勤勉・勤労の価値観と結びついたメリトクラシー信仰(と、そこに接続された反黒人主義)だったりしたのだけど、このところ中国系やインド系の新移民を中心として、そういった伝統的な(反発はするけど理解できる)保守主義ではなくトランプ的な白人アイデンティティ政治に同調するタイプの主張が出始めているのは、かなり怖い。てか伝統主義的な人たちだってわたしにとっては十分にイヤでこれまで衝突してきたわけだけど、話の通じなさのレベルが違う感じ。理解したくて本書やKenny Xuの「An Inconvenient Minority: The Harvard Admissions Case and the Attack on Asian American Excellence」「School of Woke: How Critical Race Theory Infiltrated American Schools and Why We Must Reclaim Them」を読んだけど、どれだけ理解しても話が通じそうにない。生きている現実が違いすぎる。まあここまでアレな人は現時点ではそんなに多くないと思うけど。