Clay Cane著「The Grift: The Downward Spiral of Black Republicans from the Party of Lincoln to the Cult of Trump」

The Grift

Clay Cane著「The Grift: The Downward Spiral of Black Republicans from the Party of Lincoln to the Cult of Trump

クリントン政権時代に共和党のホープとして活躍したJ.C.ワッツ下院議員(めっちゃ懐かしい)、1990年の湾岸戦争で米軍を率いブッシュ43rd政権時代に国務長官となったコリン・パウエルら、かつて共和党で指導的な立場にあった黒人たちは確固とした信念を持って人種差別と戦っていたが、いまではそうした人たちが共和党内から駆逐され、「リベラルな反差別論に反対する黒人」として白人至上主義者たちにもてはやされる人ばかりになってしまったことを嘆く本。

黒人の共和党政治家たちがよく言うように、共和党はもともと奴隷解放を宣言したエイブラハム・リンカーンの政党であり、民主党こそが奴隷制と人種差別を温存するために内戦を起こした当本人だ。もっともリンカーン自身は人種平等論者ではなく、奴隷解放も南北戦争に勝利するための必要にかられて宣言したもので、実際に奴隷制と人種差別の撤廃のために奔走したのは黒人活動家フレデリック・ダグラスをはじめラディカル・レパブリカンと呼ばれる共和党内派閥の人たちだった。実際、ラディカル・レパブリカンはリンカーンの再選に反対して対立候補を擁立しようとしたが、結果的にリンカーンより悪質な差別主義者を当選させてしまうことを恐れて中止した経緯もある。その後、フランクリン・ルーズヴェルト大統領のニューディール政策、ケネディ大統領による公民権運動との対話姿勢、ジョンソン政権時代に成立した公民権法や有権者法により民主党が黒人有権者に支持を広げたが、それでも1980年代まではまだ共和党と民主党の支持層はいまほど乖離していなかった。黒人初のメジャーリーガーとして活躍した野球選手のジャッキー・ロビンソンは一時期ニクソン大統領を友人と呼ぶ共和党支持者だったし、Thomas Healy著「Soul City: Race, Equality, and the Lost Dream of an American Utopia」に描かれていたように一部の公民権運動指導者は共和党員だった。

20世紀終盤にかけ、共和党が南部の白人たちの支持を集めるためにあからさまに人種差別的な戦略を取るようになると黒人有権者の支持は民主党に集中するようになったけれど、それでも共和党の一員として活躍する黒人政治家たちはいた。かれらは共和党が推進する民間の活力に頼った経済振興策、積極的な外交・軍事政策、個人の選択と責任を重視した教育や福祉の改革などを進める一方、共和党内の人種差別的な傾向に抵抗していった。また、共和党にもそうした黒人政治家たちを排斥せず、衝突しつつもその存在を尊重する程度の度量はあった。しかし現在では、オバマ大統領就任に対抗して2009年に黒人として初の共和党全国委員長となったが党内から激しい抵抗を受け追い出されたマイケル・スティール氏を最後にそうした黒人指導者たちはいなくなり、「ほかの黒人を叩く、自由な考えを持つ黒人」として白人至上主義者にもてはやされる機会主義者だらけになってしまった。

その代表が、トランプ大統領の行動をレイシストと思うかという質問から逃げ続け、2024年大統領選挙から撤退してすぐにトランプ支持を表明したティム・スコット上院議員や、最高裁の最右翼とされていて保守活動家の白人の妻が連邦議事堂占拠事件にも関わっていたとされるクラレンス・トマス判事だが、かれらほど大物でなくとも白人至上主義者の集会やメディアに呼ばれて人気を博する黒人インフルエンサーや自称批評家は多数存在する。かれらはトランプやその他の共和党議員たちの明らかな人種差別的な発言を擁護する一方、民主党のことを奴隷農園呼ばわりして人種差別的だと叩き、しかしアメリカには人種差別はほとんど存在せず人種差別は問題ではないと宣言するなど(二大政党のうちの一つが奴隷農園だとしたら、それはかなり深刻な人種差別があると言っていいのではないかと思うのだけれど)、その場しのぎで共和党の主流となったトランプ派にウケることばかりを発言する。

かれらのことを「奴隷仲間を裏切って反乱や逃亡の企みを主人である白人に密告する裏切り者」呼ばわりする黒人コメンテータもいるけれども、著者はそうした表現はフェアではないという。自分や家族の命を握っている主人におもねって仲間を裏切った奴隷にはやむを得ない事情があったとも言えるが、いまの世の中でほかの黒人を裏切り白人至上主義者に加担するかれらにそういう言い訳はない、ただ単に自分が不相応な地位や名声、謝礼を得るためだけに仲間を裏切っているのだ、と。保守的な政治思想を持つ黒人は世の中にはたくさんいるけれども、かれらは白人至上主義者を守り反人種差別運動を否定することだけに利用価値を見出され雇われているという点で、過去のJ.C.ワッツやコリン・パウエル、マイケル・スティール、ウィル・ハード元下院議員らそうそうたる黒人共和党員(元党員含む)とは異なる。Patrick Ruffini著「Party of the People: Inside the Multiracial Populist Coalition Remaking the GOP」では共和党が黒人有権者の支持を広げている、という楽観的な意見が書かれていたが、ハーシェル・ウォーカー(ジョージア州上院議員候補、現職のラファエル・ワーノック議員に敗退)のような三流以下の黒人候補者を擁立してしまう共和党の劣化がひどすぎる。