Deb Chachra著「How Infrastructure Works: Transforming our shared systems for a changing world」

How Infrastructure Works

Deb Chachra著「How Infrastructure Works: Transforming our shared systems for a changing world

インフラストラクチャーとはなにか、という話に始まり、その役割や恩恵から正と負双方の経済外部性、気候変動と格差拡大に対処するための分散化され共有化された未来のインフラストラクチャー設計まで広くカバーした本。

著者はインド系移民の娘としてカナダで育ちアメリカに移住した工学教授で、幼いころ家族とともにインドの親戚を訪れ電力や水道、道路などの整備状況がカナダとインドではまったく異なることを目にしてインフラストラクチャーに興味を持ったが、そういう経験でもないかぎり先進国に住んでいる人の多くはインフラストラクチャーの存在をほとんど意識しない。停電や断水が起きる、道路や橋が崩れる、空港が閉鎖される、電話やインターネットが繋がらなくなるなど緊急事態が起きたとき、はじめてわたしたちは自分たちの生活がどれだけインフラストラクチャーによって支えられていたか気づくことになる。その気になれば電化製品を使わない生活や自分の食料を自家生産する生活は可能かもしれないが、衣服や住居の材料、農作業に必要な道具などを含めわたしたちが生活のために必要としているあらゆるものが何らかの形で商業的な資源の採掘と加工や流通を経てわたしたちの手元に届いている以上、インフラストラクチャーに依存しない生活は現代社会ではほぼ不可能。

インフラストラクチャーは人々の生活を支え経済を発展させる公共的な役割を持つが、同時に、それが誰によってどのように設計されるかによっては「公共の利益」のために一部の人たちの生活を脅かすことも起こりうる。たとえば20世紀のアメリカにおいて高速道路やダムの建設は流通の活発化や発電能力の向上を通して経済を成長させ多くの人たちの生活を向上したが、それらの建設のために立ち退きさせられたのは黒人や先住民だった。かれらは政治的な意思決定から排除されていただけでなく、かれらの住んでいた地域は経済的な価値が少なく犠牲にしても構わない土地だとされたからだ。またそれらのインフラストラクチャー整備の恩恵の大部分を享受したのは、立ち退きさせられた人たちではなく都市で働き郊外に住む白人中流家庭だった。

インフラストラクチャー整備による恩恵と犠牲の不均衡な分配は、気候変動の問題において最も深刻だ。交通網や発電施設などの整備による産業振興は先進国の人たちに史上空前の生活水準をもたらしたが、いっぽうその弊害として起きている気候変動の影響はその恩恵から比較的見放された途上国においてとくに顕著だ。先進国でも異常気象の発生などさまざまな弊害が起きているが、先進国の人たちの多くはそれでも十分な食糧が確保でき、冷暖房も使え、災害が起きてもそれなりの支援を得て逃げ出し生活を立て直すことができる。それに対し途上国に住む多くの人にとっては、気候変動による不作は食糧不足と直結しているし、災害による被害から生活を立て直すことは難しい。

また、多くの国において予算削減の結果インフラストラクチャーのメインテナンスがおろそかにされていたり、民営化が進んでいることは、気候変動という緊急事態に対応するために必要なインフラストラクチャーの柔軟性や冗長性を犠牲にしている。予算削減や民営化はともにインフラストラクチャー運営の効率化を引き起こすが、無駄のない設計は緊急事態が起きたときにインフラストラクチャーを破綻させやすい。たとえばエンロン社により市場原理が導入された電力供給の効率化はカリフォルニア州で過去最大の停電を引き起こしたし、2020年にコロナウイルス・パンデミックが起きたときに生じたマスクやその他の必需品の不足や現在まで続くサプライチェーンの問題などは、経済が効率化されすぎた結果として需要や供給の急激な変化によるショックを吸収するバッファが不足したことによって起きた。道路や建物などには想定される気温や天候、あるいは起こりうる地震の揺れなどの幅が設定されており、その範囲で変動するかぎりは安全な運用ができるように設計されているが、気候変動の進行が進んでいる以上はこれまでより大きな幅を想定しなければいけないのに、予算削減や民営化は逆にできるだけ小さいマージンで乗り切ろうとする傾向を後押ししてしまう。

これらの問題を挙げたうえで著者は、未来のインフラストラクチャーを設計するうえではケアの倫理を中心に据えより多くの現在と将来の人たちの生活への配慮をしなければいけないこと、正の外部性を内部化し負の外部性を無視することで利益をあげようとする民間企業ではなく正の外部性を供給し負の外部性を減らすコミットメントを持つ公共によって運営すること、またなにか一つの大きなインフラストラクチャーを作るのではなくたとえばスマートグリッドに接続された大小さまざまな発電・蓄電リソースのようにそれぞれの部分がモジュールとして順次改善できるような分散化されたネットワーク型のインフラストラクチャーを目指すことなどを主張する。わたしの専門とはかなり外れるけど、分かりやすくて良い本だった。