Shoshana Walter著「Rehab: An American Scandal」
フェンタニルなど合成オピオイドの過剰摂取によるオーバードースの多発が深刻化している近年、有効なオピオイド依存症治療法を厳しい規制によって締め付ける一方、依存症を根本から解決すると称する劣悪なリハビリ施設に多額の税金が注ぎ込まれ多くの人の心身を犠牲にしているアメリカの依存症対策を告発する本。著者はそうしたリハビリ施設・団体の不正と入居者の虐待を明らかにして注目を集めたジャーナリスト。
近年アメリカでオーバードースが爆発的に増加した直接のきっかけは、製薬会社が利益のために「依存性の低い画期的な新薬」という嘘の宣伝をして医者を抱き込み、鉱山などで働き日頃から痛みを訴えている肉体労働者たちに鎮痛剤を売り込んだこと。そして鉱山や工場の閉鎖などで既にオピオイドに依存するようになった労働者たちが職を失うと同時に、依存症の拡大を止めるために政府が鎮痛剤の規制を急激に厳格化し、さらにフェンタニルなど従来の薬物より圧倒的に強力な合成オピオイドが広まるなど、複合的な要因があった。
同様の問題に直面したフランスなど他国では、メサドンやブプレノルフィンを使った維持療法が普及したことで、多くの人たちがオーバードースの危険を犯さずに平穏な日常を取り戻すことに成功している。維持療法ではオピオイドの摂取をやめさせるのではなく、依存症からくる渇望や禁断症状を抑えることができるがハイにはならない、過剰摂取しにくい種類のオピオイドを処方することで、生理学的な依存を抱えたまま人々が日常を取り戻すことができるようにする治療法。維持療法をはじめた人は、少なくとも数年間、もしくは生涯これらの薬を摂取し続けることになるが、これは糖尿病の人がインスリン注射を続けることや、HIVに感染している人が抗ウイルス剤のカクテルを摂取し続けることと同じであり、医療として確立している。
しかしアメリカでは、維持療法に対する一般社会からの反発が大きい。公的資金の支出を必要としないというだけの理由で全国的に依存症治療のデフォルトとなっているアルコホーリクス・アノニマス系・12ステップ系の自助グループでは維持療法は依存を断ち切るのではなく別の薬への依存にすり替えているだけだとして否定され、また同様の論理で依存症をよく分かっていない(あるいは道徳の問題だと思っている)政治家や刑事司法当局なども維持療法をよく思っていない。わたし自身、シアトル市議会やワシントン州議会の議員たちと政策について話していて「維持療法が有効だというのは理解したが、ただ維持するだけでなく本当の解決はなにかないのか」とよく聞かれるのでうんざりしているくらい。バイデン政権が規制緩和するまで、維持療法を行うためには医師に特別な訓練や記録保持、報告などが義務付けられたうえ、維持療法を提供することができる患者の人数を制限されたりしたうえ、ちょっとした記録漏れやミスで警察や薬物取締局の捜査を受けるなどしたため、多くの医者は維持療法が有効だと分かっていても手を出そうとはしない。また批判を恐れた薬局の大手チェーンもこれらの薬の取り扱いを拒否するため、地域によっては処方してくれる医者も販売してくれる薬局も皆無だったりする。
その一方で依存の根本的解消を目的とした行うリハビリ施設に対して予算が注ぎ込まれるようになっているが、多くの州ではそれらの施設はほとんど規制されていないか、規制があっても執行されていない。お金持ちやハリウッドの有名人が問題を起こして入居するリハビリ施設はリゾート施設のような豪華さで快適な生活ができる一方、そうした施設の料金が払えないほとんどの人たちが入る、あるいは裁判官によって入居を命じられるところは環境が劣悪で、入居するとともに精神科の薬漬けにされたり、医師や看護師の回診をほとんど受けないまま何の資格もない職員に薬を管理されたりする。
著者が取材を通して告発したテキサス州の団体はもともと12ステップ系のカルト組織から派生したもので、地元の政治家や判事たちと繋がり政府の支援を受けながら、入居者たちに生活保護費を申請させその受取人になったり、人材派遣会社のように入居者たちを企業に貸し出し給料を奪い取ったりしていた。それらは生活費や治療プログラムの費用の支払いに当てられると説明されたが、多くの入居者たちは施設を追い出されると行く場所がなかったり、治療を受けることを条件に刑務所への収監を逃れた人たちであり、いくら搾取されているからといって退居することは考えられない。しかし肉体労働をするなか怪我をしても必要な治療を受けられないばかりか仕事を休むことも許されず(休んだら退居させると脅される)、脱走して行方不明になったり事故で亡くなる人も。著者の告発を受けて政治家たちはこの施設との関係を打ち切り施設は閉鎖に追い込まれたけれども、この施設が極端なだけで搾取的・虐待的な施設は全国にまだいくらでもある。
本書はアメリカ政府の依存症政策のおかしさやリハビリ施設の問題を告発するとともに、薬物依存を経験した当事者やその家族たちが依存症から逃れようとした結果さらにタチの悪い仕組みに巻き込まれ、それらと戦ってきた記録でもある。テキサスの例はわたしも驚いたけれども、わたしの地元シアトルで見聞きした範囲でも薬物依存を完全に断ち切ることを要求し患者を理不尽なくらいに管理しようとする治療プログラムをたくさん知っているし、刑務所への収監を避けるため、あるいは児童保護当局に子どもを奪われないようにするためにそうしたプログラムの言いなりにならざるをえない人たちにたくさん会ってきた。
一方でちゃんとした依存症治療の手法はどんどん進歩しているのに、世間の偏見と政府と繋がった民間業者の利益を最優先する政策によりそれらが提供されず、その結果多くの人たちがオーバードースによって亡くなっていることは本当に腹立たしい。とくに収監や強制的なプログラム参加により一時的に薬物摂取をやめさせられた人は薬物への耐性が低下するため外に出てきたときに加減が分からずに以前と同じ、あるいはそれに近い量のオピオイドを摂取してオーバードースになることが多く、オーバードースによる死因のもっとも大きなものの一つは政策的に引き起こされた強制的な使用の一時停止だ。
ところで維持療法について少しだけわたしが見てきたことを書いておくけれど、一度受ければ一ヶ月効果が持続するブプレノルフィンの新しい注射が最近広まってきて、毎日同じ時間にクリニックに出向かなければいけないメサドンや、毎日出向かなくては良くともやはり毎日摂取を続けなければいけない従来のブプレノルフィンに比べて患者の負担が少なくなっている(まあ新しい使用法が出てくるのは決まって以前の用法の特許が切れるタイミングであり、製薬会社の戦略に乗せられているという側面もあるのだけれど)。また以前はブプレノルフィンをはじめる前にはしばらく薬物を絶って禁断症状に苦しまなければいけないとされていたけれど、今年のはじめ頃から少量のブプレノルフィンを三日かけて少しずつ段階的に摂取するプロトコルが考え出され、禁断症状を経ずとも毎月の注射をはじめることができるようにもなっている。
この新しいプロトコルは画期的で、これまで禁断症状がおさまるまで数日から二週間も我慢できない、はじめは良くても必ず自分は挫折するから挑戦したくもないと維持療法を避けていた人たちが、わたしの周囲だけでも何人も維持療法をはじめることができた。でもそれで依存症からの回復にたどり着けるのはやはり一部の人たちだけで、特にわたしが関わっている、ストリートで売春をしているホームレスの女性たちにとってはなかなか解決には繋がらない。彼女たちの多くはそもそも日常的な暴力の恐怖やトラウマ、不安や罪悪感から逃れるためにオピオイドを使いはじめ依存に陥ったのだけれど、維持療法によって依存症だけ取り除いたところで、日々の暴力やトラウマはなにも解決されていない。常に客や警察、ホームレスを敵視する一般市民らからの攻撃に晒され、安心できる場所もぐっすり眠ったり休める場所も持たない彼女たちからオピオイドという一時的にそれらを紛らわせることができる薬を奪うことは、むしろ暴力的だとすら言える。本書でも言及されている「回復資本」という概念があるが、それは薬物依存からの回復をするにも収入や家族・コミュニティとの繋がり、住居や職などの資本が必要であり、それらを持たない人を医療によって(あるいは刑罰や社会的制裁によって)依存症から回復させようとしてもうまくいくはずがない。
このあたりが依存症治療より住居支援・生活支援を優先すべきだというハウジング・ファーストの考えに繋がるのだけれど、それを政治家に言ってもあんまりいい顔はされない。政治家たちは奇跡的な治療法により問題が解決することを求めていて、本格的な住居支援や生活支援を実施する予算などどこにもないし一般の納税者がそれらを支持しないことを分かっているから。それでも引き続き訴えていくしかないし、州や市の政治家たちが彼女たちと直接対話する機会を設けるなどしているところ。回復資本という言葉はなんでもかんでも「資本」扱いするあたりが個人的にはあまり好きではないのだけど、政治家たちには通じる言葉なので割と使ってます。これからももっとがんばる。