Walt Bogdanich & Michael Forsythe著「When McKinsey Comes to Town: The Hidden Influence of the World’s Most Powerful Consulting Firm」

When McKinsey Comes to Town

Walt Bogdanich & Michael Forsythe著「When McKinsey Comes to Town: The Hidden Influence of the World’s Most Powerful Consulting Firm

世界最高峰の経営戦略コンサルタント業者マッキンゼーの社会的影響についての調査報道に基づいた本。かなり衝撃的。

マッキンゼーは若い才能のあるMBA(経営学修士)取得者の就職先としてトップの人気を誇る企業でもあると同時に、そこを踏み台にしてさらなるキャリアを目指す出身者も多く、世界中に巨大なネットワークを築いていることでも知られる。また、とにかく大きなお金を動かして稼ぐことを誇るゴールドマン・サックスなど金融業界の人気企業に比べ、「世界を変える」というスタンスを打ち出すことでより理想主義的な求職者を引きつけている。その実態は守秘義務に守られてなかなか表には出てこなかったけれども、近年いくつかの国際的なスキャンダルの捜査においてマッキンゼーの名前が出てきたり、理想主義を裏切られたと感じた元関係者らの証言が噴出したことで、明るみになりつつある。

マッキンゼーの方針でまず驚きなのが、同じ業界の競合する複数の企業に、あるいはその業界と業界を規制する政府機関の双方に同時にコンサルティング契約を結んでいること。内部の別チーム同士のあいだで情報を漏らさないようにしているので大丈夫、だという主張なのだけれど、たとえばタバコ産業に対して売り上げを増やすためにより若い人をニコチン漬けにする方法を指南する一方で(日本たばこ産業株式会社 =JTもお世話になってる)、同時に公衆衛生行政に対して若者の喫煙を減らすためのアドバイスをする、というような商売をして双方から巨額のコンサルティング料を取るといったマッチポンプはさすがにひどい。オピオイド危機を生み出したとして批判されているパーデュー・ファーマの過剰な販売戦略をアドバイスしつつ(ただしコンサルタントとしてマッキンゼーは自らの名前を出すことはできないので、かわりにジュリアーニ元NY市長がスポークスパーソンとして起用された)、同時にオピオイド依存を減らすための政策の策定にも参加していた、というのも同じ構造。医療業界や健康保険業界と政府の医療行政の双方と同時にコンサルティング契約をしていたのも同じ。守秘義務という口実により、こうした二重契約の存在は政府に対して開示されなかった。

本書ではほかにも、2008年の金融危機を招いた債権証券化や、石炭産業による気候変動対策への妨害、巨額の不正経理により2001年に破綻したエンロンの経営戦略、カメラを使ったサイン盗みが発覚して大きなスキャンダルに発展したプロ野球球団ヒューストン・アストロズのデータ戦略など、多数の事件やスキャンダルにマッキンゼーが関与していたことを指摘している。David J. Berardinelli著「From Good Hands to Boxing Gloves: The Dark Side of Insurance」ではオールステート保険会社の利益を増やすために「金銭的に余裕がなくて少額の保険金に飛びつきそうな顧客」を狙い撃ちしてわざと本来より安い保険金支払いを提示するという戦略をマッキンゼーがアドバイスしたことが書かれているし、アメリカ移民局のコスト削減のために収容所に収容されている移民たちの食費や医療費を減らすなどの提案をして、移民に厳しいことで知られる警備員ら移民局職員からも「それはない」と反論されている。

マッキンゼーはアメリカ以外にもイギリスの国民健康サービスの「効率化」を推進したり、南アフリカでは政府予算を私物化する政府高官と組んで多額のコンサルティング料をせしめるなどしたほか、交通の効率化と犯罪取り締まりの強化という口実で中国政府が行っている新疆ウイグル自治区の市民監視システム設計に加担したり、ロシアやウクライナの親ロシア派のヤヌコヴィッチ大統領らに助言をしたり、2016年のブレクジットやトランプ当選のために暗躍したデータ分析業者ケンブリッジ・アナリティカと組んでサウジアラビアの反体制的な人の情報を集めて同国の最高権力者ムハンマド・ビン・サルマーン王太子に提供したりと(その結果、何人かはサウジアラビア政府により殺害される)、やばい話が次々と出てくる。一応言っとくけどこれ、変な陰謀論者の本ではなくて、ピュリツァー賞を何度も受賞している実績ある調査報道ジャーナリストの本だよ。

マッキンゼーがこれだけの世界的な問題に関与してきたことが明らかになったのは、ジャーナリストの努力や元関係者の告発ももちろんだけれど、南アフリカ政府による腐敗追求がきっかけ。アパルトヘイト撤廃後の南アフリカ共和国は腐敗の横行する酷い国になった、という批判がよく聞かれるけれど(そしてそれはおそらく黒人による統治を信用しない、中傷したくてたまらない、白人たちのやっかみが大きいと思うけど)、ほかのどの国の政府もできなかった捜査を南アフリカ政府は実行して、マッキンゼーが政府高官による国家財政の私物化に加担してその分け前を吸い上げていたことが明らかになった。南アフリカさすが。マッキンゼーは現地のスタッフが勝手にやったことで自分たちはむしろ被害者だ的な態度を取ったけれども、そこではじめてマッキンゼー内部の動きが少しだけ明らかになった。そして次はアメリカで起きたパーデュー・ファーマによる悪質な販売戦略に対する訴訟のなかで、パーデュー・ファーマとマッキンゼーのあいだのやり取りや、マッキンゼーが行ったプレゼンテーションの資料などが多数公表された。それによりマッキンゼーが誇った守秘義務という盾は綻びはじめ、ジャーナリストによるさらなる取材が可能になった。

いや以前からマッキンゼーやばそうって思ってたけど(利益を増やすためだけにリストラを行わせて失業者を大量に生み出している、的な普通な意味で)、思ってた以上にやばかった。企業に対するコンサルティングはともかく、少なくとも政府に対するコンサルティングはどの国の政府に対するものであっても透明性が必要だと思う。