Andrew Kirtzman著「Giuliani: The Rise and Tragic Fall of America’s Mayor」

Giuliani

Andrew Kirtzman著「Giuliani: The Rise and Tragic Fall of America’s Mayor

元ニューヨーク市長のルーディ・ジュリアーニを1990年代から追ってきたジャーナリストによるかれの伝記。連邦検察官としてマフィアや汚職政治家の責任を追及して注目を浴び、市長となってからは人種差別的な政策を批判されつつも市の治安回復に成功、任期末期に起きた9/11同時多発テロ事件では頼りないブッシュ大統領にかわって人々を勇気づけるリーダーシップを発揮して「アメリカの市長」と呼ばれるまでに。

市長退任後はブッシュ政権に加わり次の大統領選挙でチェイニーに変わって副大統領候補になる可能性も噂されたけれど、本人が選んだのは「アメリカの市長」としての名声とホワイトハウスへのコネを利用して市長時代の部下とともにコンサルタント業者を立ち上げて(コンサルタントの経験は皆無なのに)荒稼ぎすることだった。顧客となったのは経済制裁されているイランと違法に取り引きをしていたトルコの(エルドアン大統領とも近い)ビジネスマン、ボスニア内戦で戦争犯罪に加担していたセルビアの右派政治家、クルド人虐殺でテロリスト認定されていたイランの過激派武装勢力、汚職や人権侵害で収監されていたペルーのフジモリ元大統領の代理で大統領選挙に立候補していた娘のケイコ・フジモリ、ウソの宣伝でオピオイド鎮痛薬を売りまくって多数のオーバードーズ死を引き起こし政府に訴えられていた製薬会社パーデュー・ファーマなど、極悪人だらけ。もともとブルックリンの労働者階級の出身であることを誇って飾らない性格だったジュリアーニは、この時期から多額の謝礼を受け取って世界中で講演するようになり、その際必ず一定の大きさ以上のプライベートジェットと豪華なホテルのスイートルームを要求するようになっていた。

ジュリアーニは市長在任中の2000年に行われた上院議員選挙にヒラリー・クリントンに対抗して立候補しようとしたけれど、その際は病気と不倫の発覚で辞退に追い込まれた。ていうか不倫していたことやそれがメディアにバレたことを妻に相談もせずに勝手に記者会見を開いて一方的に離婚すると発表したってなにそれひどすぎ。ちなみにその年に行われたチャリティイベントでジュリアーニは女装してデパートで香水を探している最中にドナルド・トランプと出会い、香水の匂いを嗅ごうとしたトランプがジュリアーニの胸に顔を押し付ける、というジョーク映像(らしい)を上映していて、その動画はYouTubeにも残されている。だめだこいつら…

ジュリアーニが次に選挙に出たのは2008年の大統領選挙。しかしその頃までには9/11事件の記憶は薄れてきておりイラクとアフガニスタンの2つの戦争に対する不満も高まっていただけでなく、9/11事件で多数の消防隊員が避難の指示を受け取れず殉職した原因の一つにジュリアーニの失政があったことも明らかになっており、さらに妊娠中絶や同性愛者の権利に賛成してきた過去の立場が共和党予備選挙では不利に働きあっさり敗北。その後かれは鬱とアルコール依存に悩んだけれども、その際メディアに追われていたかれを数ヶ月に渡ってフロリダのリゾート施設マー・ア・ラーゴの地下室に匿ったのがトランプだった。

2008年の落選以降、ジュリアーニはコンサルタントの仕事と平行してトークラジオのホストを始める。もともとジュリアーニは市長時代から歯に衣を着せない発言で知られていて、それが人種差別的だと批判されることも多かったけれども、トランプがオバマ大統領は本当はケニア生まれだというデマを繰り返すようになるのと同時期に、ジュリアーニは「オバマはアメリカを愛していない」と発言するなど、過激な発言が目立つようになる。あまりに常軌を逸した発言が続くなかコンサルタント事業にも悪影響が出るようになり、トランプが大統領候補として支持を集めはじめる頃には自分がはじめたコンサルタント事務所から追い出されることに。そこからジュリアーニはトランプとの友情にオールインしていく。

思えばトランプの最初の弾劾裁判はジュリアーニやその一味がウクライナの親ロシア派にあることないこと吹き込まれてトランプの耳に「2016年大統領選挙に介入したのはロシアではなくウクライナでクリントンを勝たせようとしていた」「駐ウクライナ米国大使はトランプの悪口を言って回っている」「バイデンは自分の息子に対する法的追求を止めるためにウクライナの司法に介入した」などのデマを囁いて、それを信じたトランプがウクライナのゼレンスキー大統領に疑惑を調査しろと圧力をかけたのが原因だし、二度目の弾劾裁判もジュリアーニがありもしない「トランプの当選を覆した民主党の陰謀」をトランプに訴え続けた結果であり、もちろんトランプがそれに耳を貸したのが悪いのは確かなのだけれど、二度ともジュリアーニのせいでトランプが判断を誤り弾劾されるまでに至った、とも言える。

現在、トランプもジュリアーニもそれぞれいくつもの捜査の対象となっているが、それでもトランプは未だに共和党のキングメーカー、そして有力な2024年の大統領候補を気取っており、多額の寄付金も集めている一方、かれのためにすべてを投げうったジュリアーニは自身の弁護士免許も停止され刑事弁護費用で破産も噂されている。火葬場やアダルトグッズショップの横の駐車場で記者会見したり、別の記者会見では黒い汗を流したり、映画『続・ボラット』で少女(という設定の女優)とベッドルームに入ってズボンに手を入れるシーンを撮られたりと散々な目にあっているジュリアーニはもう完全に終わってしまっている。

ニューヨークで黒人やラティーノに対する人種差別的な警察の取り締まりを行い、また破滅的な「反テロ戦争」を扇動したのも、アメリカのウクライナに対するコミットメントをロシアに疑わせるような行動を取ってプーチンのウクライナ侵攻を後押ししたのも、アメリカの民主主義を危機に追い込んだのもジュリアーニだから、同情はできない。紹介されているエピソードの1つ1つは知っていたものが多いのだけれど、こうしてまとめられると「こんな古典文学みたいな悲劇、現実であるんだ」とやりきれない気持ちになる。「英雄として讃えられていたあのジュリアーニはどうしてこうなってしまったのか」という多くの人が抱える疑問に応える力作。