Margaret A. Hagerman著「Children of a Troubled Time: Growing Up with Racism in Trump’s America」

Children of a Troubled Time

Margaret A. Hagerman著「Children of a Troubled Time: Growing Up with Racism in Trump’s America

オバマ政権の時代に生まれ、トランプ政権のもとで学校に通っている子どもたちが、人種についてなにを学び、どう考えているか調査した本。社会学者の著者はアメリカのなかでも最もリベラルなマサチューセッツ州と最も保守的なミシシッピ州のそれぞれから数十人の多様な人種の子どもたちにインタビューし、かれらの人種意識を明らかにしていく。

そもそも現代アメリカ社会における最も有力な人種イデオロギーは、カラーブラインド・レイシズムと呼ばれるものだ。社会の隅にはいまでもネオナチやKKKのようなおかしな人たちがいてレイシズムを撒き散らしているが、社会の大半はすでにレイシズムを克服しており、人々は個人として扱われている、多くの白人たちがオバマに投票し大統領に選出したのがその証拠である、という認識とともに、人種差別を騒ぎ立てることは例外的な事例を必要以上に大きく扱うことでむしろ人種主義を宣伝してしまう、無垢な子どもたちに過去の害悪を教えるべきではない、というのは多くの白人たちが抱いている人種イデオロギー。それを批判し、人種差別は一部に残る差別主義者の問題ではなく人種による権力や富の格差を温存し増幅している社会の構造の問題である、とするのが批判的人種理論の議論だ。

オバマ政権の時代、警察や民間の自警団などによる黒人の殺害が相次ぎブラック・ライヴズ・マター運動がはじまった一方で、人種差別はもはや過去のものとなった、とする「ポスト人種」の認識も広まっていた。しかしトランプが「メキシコ人移民は殺人者やレイピストだ」として大統領選挙に立候補し、かれの発言や政策に勇気づけられた白人至上主義者や移民排斥主義者の主張が広く伝えられるようになると、人種問題に対する関心も高まった。子どもたちのあいだでも、メキシコ人移民の親を持つ子どもが両親が逮捕されたり国外追放されることや、黒人の子どもが自分や自分の家族が警察に銃撃されることを恐れるような、人種による不安が広がった。アメリカの小学校の校庭では鬼ごっこの新しいパターンとして「不法移民と国境警備隊」というパターンでが広まり、メキシコ系の子どもを取り囲んで「壁を作れ」とトランプ大統領が広めたスローガンを使ったいじめが起きた。また、トランプ大統領がパンデミックを起こしたコロナウイルスを「中国ウイルス」と呼びアジア人に対するヘイトクライムが増加するとアジア人の子どもたちも危険を感じるようになった。いっぽうトランプに好意的な印象を持つ白人の子どもたちは、どうしてトランプが好きなのか聞いたら「悪い人たちから自分や家族を守ってくれるから」という回答。

2020年にミネアポリス市警察によるジョージ・フロイド氏殺害をきっかけにブラック・ライヴズ・マター運動が全国に広まると、親とともにデモに参加した子どもたちも多くいたが、それに対するバックラッシュとしてあらゆる人種問題についての取り組みを「批判的人種理論」として否定する右派によるキャンペーンが起こり、学校から人種やジェンダーに関する書籍が撤去されたり、教師がそれらの話題について扱うことを禁止される流れが広まった。人種について教育で扱うことに反対する人たちは無垢な子どもたちに社会の害悪を教えるな、と言うが、本書は子どもたちがかれらなりに周囲で見聞きしたことをもとに人種についての認識を作り上げていることを示している。たとえばはじめはあまり人種や移民について関心はない、と言っていたある白人の子どもは、メキシコとの国境に壁を作ることの是非について、自分たちを守るためには壁は必要だが簡単に乗り越えたり穴を掘ったりして突破できるのでは、とか、アメリカを守るための軍隊にはもっと兵隊が必要なので移民を入れることも必要なのでは、という疑問も抱いているなど、その子なりにいろいろ考えていた。こうした研究結果は、教育において人種や移民についてどう扱うべきかという議論はあってもいいが、子どもたちは無垢だから過去や現在の害悪について教えるべきではない、なにも教えなければ自然と人種差別は消えていく、という考え方がはっきりと間違っていることを示している。