Daniel R. Day著「Dapper Dan: Made in Harlem: A Memoir」

Dapper Dan: Made in Harlem

Daniel R. Day著「Dapper Dan: Made in Harlem: A Memoir

「ダッパー・ダン」の通称で知られ多数のヒップホップのリリックでも触れられているハーレムのファッション王による自伝。以前読み始めたところ別の本に気を取られて途中で読むのを止めてしまった2019年の本だけれど、ヒップホップとファッションの関係について書かれたSowmya Krishnamurthy著「Fashion Killa: How Hip-Hop Revolutionized High Fashion」を読んであらためてダッパー・ダンの重要さを痛感したので最初から読み直した。

自伝なので、ある程度自分を大きく見せる、あるいは良く見せるような誇張(ボースティング)はあるかもしれないけど、とにかくおもしろい。1944年生まれの著者が育ったのはまだ人種差別が激しかった時代のアメリカだけれど、当時のハーレムは黒人文化の中心地として政治的にも文化的にも超活発。学校ではいい成績を取り表彰を受けたりするも、進学しようとすると途端に黒人の生徒には機会が乏しく、周囲の影響を受け犯罪の道に。最初に頭角を現したのはギャンブルで、若いうちから確率を計算したうえで(あとイカサマもするけど)賭博を持ちかけることで勝ちまくる。盗難クレジットカードを使って稼ごうとするも捕まってしまいリサーチが足りなかったと反省、その後クレジットカードについて徹底的に調べ、ゴミ箱からレシートを漁りクレジットカードではなくその数字だけを盗んだうえで偽のカードを自分で作ってお金を引き出す手法を考え出してクレジットカード会社や法律が追いつくまで荒稼ぎするなど、犯罪者だけど真面目な努力家ぶりを見せる。

しかしハーレムに大量の麻薬が流入するようになると、密売から自分でも使うようになり、逮捕される。留置所でネーション・オブ・イスラムのメンバーに出会い、そこからマルコムXやブラックパンサー党のメッセージに触れ、自分の健康を守るために麻薬やアルコールなどを止めベジタリアンになる。黒人新聞の記者をはじめた著者は地元の黒人団体のプログラムで当時独立したばかりだったアフリカ諸国をめぐる訪問団に参加し、それぞれの国のリーダーたちと出会い感銘を受ける。麻薬を止めたおかげで再びギャンブルで稼ぐことができるようになったけれど、麻薬密売組織同士の抗争が活発になり犯罪から手を洗うことを決意、ドラッグディーラーたちが自分がいかに成功しているか見せびらかすために高価な毛皮やレザーの衣服を身に着けていることを見て、そうした衣服を売る店をはじめる。

ダッパー・ダンを有名にしたのは、グッチをはじめとするハイ・ファッションのロゴを付けたスーツやジャケットの販売。当時それらのブランドはバッグなどを中心にしていて衣服はあまり作っていなかったし、衣服を作ってもロゴは控えめに裏地に入れる程度。著者が作ったのはロゴを表にプリントしたスーツやジャケットなどで、最初は実際にグッチの大きめのバッグを買ってきてそれをもとに作っていたけれど、レザーに好みの色のインクで印字する手法を見つけてからは自分でロゴをプリントした。それらはよくあるブランドグッズの偽物というよりは、ブランド自身が作っていない商品をもし作ったら、という発想から作られた、本物以上に品質にもこだわり抜いた高級品。とはいえまあもちろんブランド側からみれば勝手にロゴを使って商売していることになるわけで、後期になると頻繁にブランドの弁護士が店に来てはブランドがついた商品を押収していくようになってしまうわけだけど。

著者の店の顧客は最初のうちはドラッグディーラーが多かったけれど、ヒップホップの音楽がさかんになると多数のアーティストたちがダッパー・ダンのファッションを買い求め、ミュージックビデオにもかれが売った服がたくさん登場した。またそれ以外にもスポーツ選手やモデルらも多数来店するようになる。しかしブランドによる法的追求とともに麻薬抗争の激化とそれに伴う治安の悪化などもあり店は閉店に追い込まれる。当時フェンディの弁護士をしていたソニア・ソトマヨール現最高裁判事が、ダッパー・ダンの店に置かれていたフェンディのロゴが入った商品を没収しつつ、法的手続きをしていないのにそれに便乗して勝手に自社のロゴが入った商品を没収しようとした他のブランドの人をやり込めて追い出したのはカッコいい。

店を持たない地下デザイナーとして活動していたダッパー・ダンが再び注目を集めたのは、2017年にグッチがダッパー・ダンのデザインをパクった服を発表し、あれだけダッパー・ダンを法的に追い詰めておきながら自分たちはパクるのかよ、とツイッター内の黒人クラスタから猛批判を浴びたこと。最終的にグッチはかれとパートナーとして契約を結び、それをきっかけに他のハイブランドでもヒップホップ系のデザイナーたちが注目されるようになった。

まあここに書いた程度のことは、たぶんウィキペディアにも書いてあるだろうし、よく知られている話というか、もっとよく知られている有名人の逸話やゴシップがいくらでもあるわけだけど、全然知らない人にもハーレムの激動の戦後史や今年50周年を迎えたヒップホップの歴史の一部としてこの本はお勧め。