Curtis Chin著「Everything I Learned, I Learned in a Chinese Restaurant: A Memoir」

Everything I Learned, I Learned in a Chinese Restaurant

Curtis Chin著「Everything I Learned, I Learned in a Chinese Restaurant: A Memoir

中国系アメリカ人でゲイ男性の映像作家で、アジア系アメリカ人作家を支援する団体の共同設立者でもある著者の自叙伝。

著者は中華レストランを経営する中国系アメリカ人家庭の三男として1980年代のデトロイトで育つ。かつてモータウン・サウンドと自動車産業によって繁栄していたデトロイトは当時、日本車の輸入に押されて失業者が増え、他所に逃げ出す余裕のある人から転出していき財政が壊滅的に破綻、ただ貧しいだけでなく豊かだった街が急速に貧しくなっていく過渡期にあった。市は都市再生を目指し貧しい黒人街やチャイナタウンを潰して再開発を実施しようとするも、それはこれまであったコミュニティをさらに分散させ市を荒廃させていくことになった。

かつては多数あった中華レストランは次々閉鎖され、著者の一家も一時は郊外に脱出しようとするも、そこで白人住民たちによる人種差別的な扱いを受けデトロイトに再び戻ってくる。しかし日本との経済戦争が叫ばれ政治家らが日本車を叩き壊すパフォーマンスがもてはやされる中、日本人と間違われた中国系アメリカ人のヴィンセント・チン氏が自動車工場を解雇された白人労働者らによって撲殺される事件が起きる。かねてから白人の警察官と黒人の市民のあいだの衝突が頻発しアジア系住民たちがどちらからも疑いの目を向けられるなか、この事件は著者の感じる疎外感を決定づける。

また著者は若いうちから同性である男性に性的な魅力を感じていることを自覚。しかし家族のために自分を犠牲にすることが当たり前だという保守的というかアジア的な価値観を持つ家族には打ち明けられず、レストランの従業員や客との関係を妄想したり、ニューヨークやサンフランシスコに逃亡することを考えるも、親の強い希望により地元のミシガン大学に進学。とはいえ当時ニューヨークやサンフランシスコのゲイコミュニティではHIV/AIDS危機が最悪の状況だったことを考えると、著者は命拾いしたのかもしれない。

家族の保守的な価値観は、高校時代の著者の政治的な考えにも影響を与え、かれはレーガン大統領の熱烈な支持者として共和党の選挙事務所でボランティアをしたり新聞に投書するなどしていた。当時のテレビドラマ「ファミリー・タイズ」でリベラルな両親と暮らす保守的な子どもを演じていたマイケル・J・フォックスに共感していたというあたりはちょっと笑える。

著者がレーガン、そして共和党に惹かれたのは、小さな政府・家族の価値というメッセージとともに、毎日長時間必死に働く両親と福祉事務所の前に列をなす失業者たちを比べて「なんであの人たちはもっと働こうとしないのか」と感じたことが原因だけど、同性愛に否定的な共和党の党員であるせいで周囲にゲイだとカミングアウトできないばかりか、本人の周りにゲイの人たちがいたのにかれらが「共和党員のこいつにカミングアウトしたら危険だ」と判断してカミングアウトしてくれないという状況に陥るというやらかしぶり。そのうち共和党が白人至上主義やゲイ排斥の傾向を強めたことで著者は共和党から離脱するけど、伝統的な価値観を重んじる保守主義者だという口実が周囲の男の子たちと一緒にセックスの話をしたりポルノを見回したりしないカモフラージュになっていたことも事実。共和党離脱とともにサンフランシスコに旅行してゲイコミュニティに出入りしたり、大学内限定でカミングアウトしたりして自由な生き方を模索していく。

1980年代のデトロイト、というアジア系アメリカ人としてもゲイとしてもものすごい激動のタイミングに居合わせた著者が、そのなかで悩み、自分の立ち位置を獲得していく話に強く共感した。あとファミリー・タイズめっちゃ懐かしかった(そこかよ)。世界中の中華料理をめぐったレポートであるCheuk Kwan著「Have You Eaten Yet?: Stories from Chinese Restaurants Around the World」を読んだときも思ったけれど、移民たちがはじめたレストランの背後にはまだまだおもしろい物語がたくさんある。