Cheuk Kwan著「Have You Eaten Yet?: Stories from Chinese Restaurants Around the World」

Have You Eaten Yet?

Cheuk Kwan著「Have You Eaten Yet?: Stories from Chinese Restaurants Around the World

香港生まれでシンガポールや日本・カナダなどさまざまな国で暮らし複数の言語を話す中国系のドキュメンタリ映画作家である著者が、世界中の中華料理店をまわってそれらを経営する現地の中国系移民やその子孫のコミュニティに取材した本。対象とした中華料理店があるのはイスラエル、トリニダード・トバゴ、ケニア、南アフリカ、マダガスカル、トルコ、ノルウェイ、キューバ、ブラジル、インド、アルゼンチンなど世界中の食文化も宗教も気候もぜんぜん違う国々。それぞれの国や地域に中国系移民たちが(というより中国のなかのどの地方や民族の人たちが)いつどのように移住してきたのか、どういう困難に直面しどのように仲間同士支え合って現地に溶け込んでいったのかというコミュニティの歴史とともに、中華料理がどのように現地の文化と融合し、また変化していったのかが分かる。

南米など古くから中国系移民がクーリーとして移住していた地域もあれば、国共内戦後に多くの住民が移住した地域もあるけれど、マイノリティとして政治に翻弄された人たちも多い。インドでは中印国境紛争でインド生まれを含む中国系住民たちが迫害されたし、キューバ革命では中国系移民がキューバ人と協力してバティスタ政権を打倒したと讃えられるいっぽう「せっかく共産化した中国から逃れてきたのに」と残念がった移民たちも。また現代のペルーでは中華料理はペルー料理に吸収され中華料理の素材や調理法抜きにはペルー料理が考えられないほどになっているけれども、19世紀には奴隷のような立場で連れてこられた中国人クーリーたちが自由を約束したチリ軍の侵略に加担したことで反中国人感情が高まり厳しい迫害を受けた。ちなみにわたしはペルー料理は中南米料理のなかでは一番大好きです(だから)。

著者は中国出身の老いたレストラン経営者らに「中国に帰りたいか」と聞く。答えはさまざまだけれど、帰りたくても帰れない、という人が多い。もう自分の子どもや孫は現地人として育ってしまっていて中国語を話せないし、頼れる親戚もいなくなってしまった。若い人たちの多くは中国系であることをアイデンティティの一部としつつも現地の人として自分を認識していて、中華料理店を継いでくれる人も少なくなっている。後継者を中国から呼ぼうにも、ノルウェイやブラジルなど気候が極端な土地には中国人の料理人はなかなか来てくれないし、そもそもかれらは海外進出するなら自分のレストランを開こうとする。とはいえ一度も中国に行ったことがない現地の人たちがレストランを引き継いで本物の中華料理を継承している土地もあったりして、著者は驚かされる。ドキュメントとしておもしろいし、移民のアイデンティティ獲得や文化の交流と相互影響、国際政治とマイノリティの権利など、いろいろ考えさせられた。