Nancy French著「Ghosted: An American Story」

Ghosted

Nancy French著「Ghosted: An American Story

保守的な地域・家庭で育ちゴーストライターとして保守政治家やその他の著名人に取材しかれらの本を執筆した著者が、ドナルド・トランプの台頭に危機感を感じかれを批判したことでかつての仲間たちから夫婦ともども攻撃された体験と、性暴力サバイバーに沈黙を強いる福音派教会のカルチャーに立ち向かった経験を重ね合わせて振り返る自叙伝。

著者が育ったのはテネシーの田舎で、家族には先住民チェロキーの血を引く親戚もいれば白人至上主義団体KKKのメンバーだった人もいて、家のあちこちに銃が置いてある家庭。著者がまだ十代前半のころ、教会のリーダーの息子であり近くの別の教会の牧師もつとめている二十代の男性にあれこれ言い訳を作られ家に入られ、性虐待の被害を受ける。「このことは誰にも言ってはいけない、もし牧師が偽善者だと思われたら人々が信仰を無くし、かれらを地獄に追いやってしまう」と言い聞かされた著者はその言いつけを守り、その後何度も同じような被害を受けるが、男性による性暴力の責任を「誘惑した女性」の側に押し付ける福音派教会の純潔文化に染まっていた著者は誰にも相談できなかった。

いっぽう著者の夫は地元テネシーにある保守的なキリスト教系の小さな大学からはじめてアイビーリーグの法律大学院に進学した秀才で、「信仰の自由」を守るという口実で同性愛者の権利や妊娠中絶の権利に反対する活動をして注目を集めていた弁護士。同じ大学に遅れて進学した著者は、偶然かれと出会い短い付き合いで結婚しかれとともにニューヨークに引っ越すが、同時多発テロ事件のあと夫は軍隊に志願してイラクに向かう。キリスト教徒の信仰を守るために法律を駆使する闘志として、そして国を守るために(てゆーかイラクと同時多発テロは全く関係ないのだけど)体を張った愛国者としてアメリカ保守連合から表彰を受けるほどだった。

かねてからライターを志望していた著者は、保守派の政治家や政治論客と交流するなか、2008年の大統領選挙で共和党予備選挙に出ていた元マサチューセッツ州知事のミット・ロムニー陣営に雇われ、ロムニー元知事の妻の自叙伝をゴーストライトすることに。彼女を取材するために選挙運動に密着する毎日だったが、著者の友人である福音派キリスト教徒たちのなかにはモルモン教徒であるロムニーを異端者として嫌う人が多く、どうしてロムニーを手助けしようとするのかと詰問されたり、選挙運動に同行するのを良い機会としてかれらが真の信仰に目覚めるよう促すべきだと言われたりした。結局ロムニーはマケイン上院議員に負けて予備選挙から撤退するけれど、次に副大統領候補としてマケインに指名されたサラ・ペイリン元アラスカ州知事の娘でありリアリティ番組にも出演するブリストル・ペイリンの自叙伝を書く仕事で雇われる。この本がベストセラーとなり、民主党に対する強烈な批判を繰り返す著者は多数の保守派政治家たちのあいだでゴーストライターとして引っ張りだこになり、多数の本やコラムをかれらの名前で執筆する。

しかし2016年、ドナルド・トランプが共和党大統領候補として台頭すると、著者はかれの女性に対する数々の暴言や性的攻撃、ヴェトナム戦争で四年間を北ヴェトナム軍の捕虜として過ごしたマケインに対する「本当の英雄は敵に捕まったりしない」という嘲笑など、保守派として看過できないトランプの言動に反発し、次第にトランプになびいていくかつての顧客たちとのあいだに溝が生まれてくる。また、トランプが人種差別的な発言や自分に批判的な人たちに対する罵詈雑言を繰り返し、それを支持者たちが大喜びで真似し拡散するのを見て著者は、それまで自分がリベラルや民主党に対して行ってきた過剰な一般化や攻撃を反省し、今後はリベラルや民主党の政治家を批判するために事実を誇張したり大げさなレトリックを使うのはやめようと決意する。

2016年の予備選挙においてトランプ支持派とトランプに反対する伝統的な保守派の対立が強まると、弁護士から政治評論家に転職した夫とともに著者はトランプはヒラリー・クリントンと並んで大統領に不適格だと論じ、その結果多数の殺害予告や嫌がらせが夫婦に寄せられる。なかでも最も醜悪なのは、夫婦がエチオピアから養子にとった7歳の娘を「夫がイラクに従軍しているあいだに不倫していた証拠」だとして著者が黒人男性とセックスしている偽造画像を拡散されたり、その7歳の娘を処刑する画像が白人至上主義者たちによって作られたりしたことだった。かつて仲間であり同僚や顧客だった保守派の人たちは、こうした嫌がらせは許せないと言いつつも、そんな白人至上主義者や極右なんて実際にはほとんどいない、トランプがかれらを増長させているのはリベラルメディアの作った嘘だとして、夫婦に対してトランプを支持するよう迫ってきた。

トランプが共和党の指名獲得を確実にすると、共和党内の最後の足掻きとして超大物保守派知識人のビル・クリストルは第三の候補として著者の夫に出馬を提案。大統領選挙への出馬どころか政治進出すら考えたことがなかった夫は戸惑うも、ロムニーやマケインをはじめ周囲に相談して真剣に検討する。メディアに話が漏れて大騒ぎになったあげく最終的に夫は出馬を断念したものの、このことで夫婦はさらにトランプ支持が広がる共和党や保守運動から排除されることになる。十代のころに性暴力被害を受け、また大学時代にも付き合っていた男性と別れようとしたところ殺されかけたりストーキングされたうえに、そのことを知った実の両親からも非難され行き場を失った経験のある著者は、このとき自分が性暴力サバイバーであることを明かし、女性の性器を無理やり触ることを公言するトランプを批判するコラムを発表するも、トランプ支持派からは「十代前半で大人の男を誑かすとんでもない尻軽女」扱いされ叩かれる。また著者のかつての仲間たちは、三十代のときに複数の十代の女性に性加害したとされるロイ・ムーア上院議員候補や若いころにパーティで性暴力を行ったとして「One Way Back: A Memoir」著者のクリスティン・ブラゼ・フォード氏に告発されたブレット・キャヴァナー判事らについても、被害を訴える人たちの言い分を聞きもしないまま擁護することで、性暴力の訴えを踏み潰した。

また、著者はミズーリ州で毎年開かれているアメリカ最大の福音派キリスト教系サマーキャンプで長年にわたって参加している子どもに対する性暴力が隠蔽されてきていることを知り、調査を開始。このキャンプはキリスト教家庭の子どもたち向けの最高の夏休みのアクティヴィティとして人気だが、性暴力が頻発しているにもかかわらず、問題を起こした
加害者は配属先を変えられるだけでほとんどなんの責任も問われず、また被害者やその家族は運営団体の資金力のもと被害を公言したら訴えると脅されて声をあげることもできないでいた。そこからさらに著者は、まだ十代だった自分に性暴力を働いた男性がとある学校で女子バスケ部のコーチをしていることを知り、かれがいまも被害を繰り返していることを恐れ調査をはじめる。当時の教会の指導者の話を聞くと、その男性は著者のような少女からおばあさんまで含め少なくとも12人の女性に性暴力をふるったことが分かっており、そのうちの何人かは警察に告発したけれども、男性の父親が地元の有力者であるためなんのお咎めもなかったことがわかる。どうしたらいいのか自分には分からなかった、とかれは言うが、著者が自分だけの秘密として大人になるまでずっと隠してきたことが実は地元の大人たちのあいだでは周知の事実だったこと、そしてそれぞれの被害者がずっと沈黙させられたきたことを知って唖然とする。またかれは、その男性はいまでは悔い改めてキリスト教徒として真面目に働いているはずだから支えるべきだと言う。

さらに著者が資料を揃えて加害者の男性が働いている学校に乗り込み話をしても、有罪になっていない以上かれが過去に犯罪をおかした証拠がない、の一点張りで相手にされない。しかしのちに情報公開制度を利用して学校区による懲戒記録を取り寄せたところ、かれは不適切な人種差別発言や性的な発言で繰り返し懲罰されており、不必要に女子生徒と二人だけになるなと何度も警告されているのに著者が話をした数週間前にも同じことをしていた。このように本書では、同性愛や望まない妊娠につながるような行為(とその結果としての妊娠中絶)を道徳的に非難する南部の保守的でなおかつ信仰に篤いコミュニティが、実のところ男性による性暴力を隠蔽し、純潔文化のもと女性や子どもに負担を押し付けていることが次々と示される。

正直、保守的な思想というだけならともかく、著者やその夫たちがクィアやトランスを叩き「差別する自由」を「信仰の自由」にすり替えて擁護してきた事実や、ブラック・ライヴズ・マター運動に対してあれこれ中傷して叩いて白人至上主義の暴力に加担してきた(でもエチオピア出身の娘に連れて行ってくれと言われ、BLMの組織には反対だけれど「黒人の命を粗末にするな」というメッセージには賛成としてデモに参加したことはあるらしい)事実はかなり重くて、サバイバーとして共感する部分はあるんだけれども、トランプに批判的だから、性暴力に立ち向かっているからというだけで評価する気にはなかなかなれない。あと、大学時代に友人が交通事故で亡くなって周囲がどういう反応したという正確すぎる予知夢を見たり、のちに夫になる婚約者が深刻な病にかかり手術を予定したけれどもかれの体が手術に耐えられるかどうかもわからないという段階にあったのに、大学の知人が数時間かけてかれのために祈ったら神様から「かれは癒やされました」というメッセージがあり実際に突然かれの病気が治った、みたいなウソみたいな話がいくつかあり、さすがにそんなウソ意図的にはつかないだろうと思うのだけど、神様がときどきけっこう出しゃばってくるの、どうなんだろう。最後に、ヴァン・ヘイレンの話がめっちゃおもしろいのだけど、それは読んでのお楽しみ。