Kate Flannery著「Strip Tees: A Memoir of Millennial Los Angeles」

Strip Tees

Kate Flannery著「Strip Tees: A Memoir of Millennial Los Angeles

衣料品メーカー・アメリカンアパレルがカリスマ的な創業者のもと急成長していた時期に同社で働いていたミレニアル世代の著者が、良心的経営・性の解放といったスローガンに騙されてカルト的な企業文化に巻き込まれ、そこから離脱するまでの自叙伝。

セブン・シスターズと呼ばれる有名女子大学の一つ、ブリン・マー大学を卒業した著者は、ロサンゼルスの衣料品店で店員をやっている際、同じくらいの年齢の女性に「モデルにならないか」と勧誘される。そのモデルというのは、新しい衣料品会社アメリカンアパレルの従業員として働きながら、スポークスモデルとして広告にも出るという役割。彼女に連れられて同社や工場を見学した著者は、アメリカンアパレルが他の多くのブランドと異なり、商品を途上国の劣悪な労働環境の工場に発注するのではなくロサンゼルスに設置された工場で自社生産し販売まで行うモデルであること、従業員の多くが彼女と同じような若い女性たちで、彼女たちがいきいきと働いていること、そして彼女たちが口々に創業者のカナダ人男性ダブ・チャーニーを理想的な経営者と褒めまくることを目撃し、転職を決意する。入社と同時に彼女はスポークスモデルとして写真を撮られたが、それがどのうように使われるのか、使われたとしてどのような報酬があるのかはまったく聞かされなかった。

アメリカンアパレルに入社した著者が最初に配属されたのは販売店。自分はふたたび店員をやるためにアメリカンアパレルに転職したのではないと抗議するも、そこで結果を残せばどんどん出世できると言われ、また以前働いていた店と違いアメリカンアパレルという企業の理念を信じていたので、必死に努力する。そういうなか、彼女は同僚の若い女性たちの何人もが創業者と性的な関係を持っていることを知り、また店の試着室で実際にそういう行為が行われている場に知らずに踏み込んでしまう経験をするなどして困惑するも、大切なのは両者の合意があるかどうかだ、男女を問わず自分の性的欲求を隠したり我慢したりするよう押し付ける保守的な文化と闘うべきだ、という創業者の「性の解放」論に多くの同僚が同調するのを見てそういうものなのかと受け入れる。この創業者、雑誌の密着取材を受けた際、記者の前でマスターベーションしていいか聞いて実際にそれを行ったり、インタビューの最中に社員の女性からフェラチオを受けたりするのを見せびらかすように、自分の性的欲求にも他人のそれにもオープンな異色の経営者としてふるまっていた。

ある日著者は、店に来た若い女性を見て「この子はアメリカンアパレルにぴったりだ」と直感し、彼女自身が受けたような形でその女性を勧誘する。この新人スポークスモデルに創業者がドハマリし、著者にはスカウトの才能があるとして自由に使えるクレジットカードを渡され、アメリカンアパレルが新たに進出するさまざまな街で従業員をスカウトする仕事を任されるようになる。各地を転々とし自分と同じように若い女性たち、とくに創業者が好みそうな、派手な化粧をせずタトゥーのない純真そうな女性たちを勧誘するうちに、創業者が作り出した性的な企業文化が多くの従業員たちにも広がっているのを目の当たりにする。また著者自身、常に旅を続けていることで孤独を感じると周囲に相談したところ、社員の男性をテキトーに食べちゃえばいいじゃん、と教えられて、自分が勧誘した従業員を含めた若い男性とカジュアルなセックスを繰り返すことになる。

「誰が創業者のお気に入りなのか」をめぐって女性どうしで争いがあったり、著者の写真や踊っている動画が勝手にプロモーションに使われたり、家族とのバケーション中に「すぐにマイアミに行け」と言われて直行させられたりとさまざまなきっかけがあったものの、創業者が元従業員たちによってセクハラで訴えられたことで著者は創業者に対して決定的な疑問を抱くようになる。ロサンゼルスのフラッグシップストアで従業員を集めた会議で創業者は、セクハラの訴えは保守勢力による性的自由の弾圧であり、被害者ぶるのは自分の自己決定の結果を受け入れられない弱い人間だ、と力説。女子大出身でフェミニストを自認していた著者は、さすがにこの演説を聞き、創業者が語る「性の解放」が創業者自身の欲望を無条件に肯定することでしかないことに気づき出す。

のち、マイアミで会社に与えられた社員宿舎の部屋でベランダから侵入した男性社員に著者が襲われそうになった際、ほかの同僚の助けを借りて逃げ出した著者に創業者から連絡があり、「明日すぐに人事課に連絡して、社員のあいだで噂になっているが何もなかったと言え、そうすれば無償の住居と車を提供する、被害者ぶって性の解放を放棄する弱者にはなるな」と説得を受ける。当初はそれに反発し、できるだけ早く退社することを決意するものの、同業他社にはアメリカンアパレルの異様かつトキシックな企業風土が知られてしまっていて、彼女が成し遂げてきた経歴は「どうせ創業者と寝たんでしょ」程度に扱われ仕事は見つからなかった。そうするうちにも創業者に対するセクハラの訴えは増え続け、ついにかれは理事会によって解任され、経営も悪化、著者は単なる経営上の理由から解雇される。

わたし個人の記憶でも、アメリカンアパレルはたしかに当初は途上国のスウェットショップを使わない倫理的な会社というクリーンなイメージで登場したし、シンプルだけれどスタイリッシュなデザインのTシャツや店舗が魅力的に感じたのは確か。シアトルのキャピトル・ヒルに以前あった店舗の前で、プライドフェスティバルの際に同性愛者の権利を支持するシャツを無償配布していたのも覚えている。会社を自分のハーレムにした創業者はいなくなったものの、アメリカンアパレルは倒産を経て実店舗を閉鎖し、いまではスウェットショップで衣服を生産する普通の衣料品メーカーになってしまった。

ヤバい創業者の会社に入社してそこそこ成功してしまったせいでさらにヤバい経験をした著者の経験は読めば読むほどヤバいけど(語彙力w)、著者が創業者による個人的なハーレムでありカルトだと指摘するアメリカンアパレルの企業文化は、しかし同社に特有のものでもない。Emily Chang著「Brotopia: Breaking Up the Boys’ Club of Silicon Valley」に書かれているように、同様の企業文化はシリコンバレーに多い、若い白人男性創業者がはじめた新興企業ではよくあるもので、そのなかで女性たちは性の解放や革命を謳った創業者たちによって騙されたり権力でそうした価値観を押し付けられたり、男性の同僚がそれに同調しフリーセックスに参加することで出世するのを目にして自分も成功するには同じように振る舞わなければいけないと思わされたりしている。駄目だこいつら、早く何とかしないと…