Jeff Nussbaum著「Undelivered: The Never-Heard Speeches that Would Have Rewritten History」

Undelivered

Jeff Nussbaum著「Undelivered: The Never-Heard Speeches that Would Have Rewritten History

アル・ゴア副大統領からいまのジョー・バイデン大統領まで民主党の錚々たる政治家たちのスピーチライターとして活動してきた著者が、さまざまな「準備されたけれども実際に行われなかった演説の原稿」を紹介しつつ、どうしてその演説が行われなかったのか、もし行われていたらどのように歴史が変わっていたのか、考察する本。著者が「行われなかった演説」に興味を持ったのは、かれ自身がはじめて選挙陣営に関わった2000年の大統領選挙においてゴア副大統領のために準備した3つの演説の原稿、すなわち勝利演説、敗北演説、そして「得票数では負けたけれども選挙人票で勝った」場合の演説、のどれもが使われなかったことから。選挙の最終的な結果は陣営が想定してなかった「得票数では勝ったけれども選挙人票で負けた」パターンだったけれども、フロリダ州の再集計に時間がかかったうえに裁判沙汰にまでなったため、選挙の夜にはどの演説も行われなかった。

取り上げられている演説には、ゴアの時と同じような状況で大方の予想に反し「得票数では勝ったけれども選挙人票で負けた」ヒラリー・クリントン元国務長官の(行われなかった)勝利演説も含まれているけど、ほかにもより興味深い演説原稿がたくさん。アメリカ指導者の「行われなかった演説原稿」だけでも、第二次世界大戦の転機となったノルマンディー上陸作戦が失敗した場合にドワイト・アイゼンハウアー連合軍最高司令官が行うはずだった演説や、民主・共和両党の議員たちによる弾劾・罷免が近づくなか辞任に追い込まれたリチャード・ニクソン大統領が辞任せずに最後まで戦おうとした場合の演説、キューバ危機で海上封鎖かキューバ侵攻か政権内で議論されたときもしキューバ侵攻が行われたいた場合のジョン・ケネディ大統領の演説など。

活動家の原稿としては、のちに下院議員となったジョン・ルイスがキング牧師の「I have a dream」演説の直前に行うはずだった攻撃的な内容の演説や、大衆扇動で訴えられていたエマ・ゴールドマンが仲間たちも道連れにされることを恐れて行わなかった演説、「奇跡の人」として持ち上げられたけれど社会主義や女性参政権を訴えるようになって世間から叩かれ身の危険を感じて演説を中止したヘレン・ケラーの原稿。アメリカ以外でも、離婚歴のあるアメリカ人女性と結婚するために退位を選んだイギリス国王エドワード8世が退位せずに結婚を認めてもらうよう国民に直接語りかけようとした演説や、ローマ教皇ピウス11世が第二次世界大戦直前に死去したときひそかに準備していたファシズム批判の演説、日本の昭和天皇が国民に対して徳の不足を自分の言葉で謝罪する演説原稿(宮内庁長官の田島道治氏が保存していた)など、もしそれらが当時発表されていたらどのような影響があっただろうと考えさせられるものが多い。