Peter Staley著「Never Silent: Act Up and My Life in Activism」

Never Silent

Peter Staley著「Never Silent: Act Up and My Life in Activism」

ACT UPの中心人物の一人でグループの分裂を経てTreatment Action Group (TAG)を設立したことで知られるHIV/AIDS活動家の自叙伝。経済的に恵まれた家庭でゲイであることを自覚しながら育った著者は、ウォールストリートで仕事を始めるも、HIV感染の診断とT細胞の減少を告げられる。ショックを受けつつも結成されたばかりのACT UPに出会った著者は、裕福な生い立ちから来る知識やウォールストリートでの高い収入と経験を活かしつつ、ACT UPの資金集めや証券取引所内での抗議活動の企画などで活躍し、中心メンバーの一人になる。

ちなみにこの本で初めて知った話だけれど、かれが中心となって企画したはじめての抗議活動は、日本の興和グループに対するものだったらしい。どうやら当時興和が日本で販売していた薬がHIVに有効かもしれないという研究が1987年に発表され、ニューヨークの仲間の一人が毎月東京に行き大量にその薬を買い込んで配っていたのだけれど、ある時から日本の薬局がアメリカ人にその薬を売るのを拒むようになったとか。それを知った著者はニューヨークに興和グループの婦人靴輸入業者があることをつきとめ、そこで抗議活動をした。この行動がメディアに取り上げられ、その数カ月後には日本の厚生省(当時)が三軒の薬局を指定してアメリカ人旅行者が大量にその薬を買えるようになったという。

ACT UPの総合的な歴史については先に出たSarah Schulman著「Let the Record Show: A Political History of ACT UP New York, 1987-1993」に詳しいけれど、本書はそこで書かれたさまざまな内部の論争が、主にSchulmanによって批判的に書かれていた立場から描かれる。たとえばSchulmanはACT UPの女性グループの人たちがNIHによる女性のHIV医療研究の遅れを厳しく批判するデモを開いている最中に本書の著者ら治療研究班の男性リーダーたちがそのNIHのアンソニー・ファウチ医師と会食をしていたことについて「女性メンバーへの裏切りだ」と批判する声を紹介しているけれど、著者は女性グループと自分たちはお互いにお互いの行動を知らなかった、もっとコミュニケーションを取るべきだった、と弁明している。また著者が医者や政府との対立ではなく協力を指向し最終的にTAGを率いてACT UPから分派していったことも、自分は若くて傲慢だった、という点は反省しつつ、自分たちの判断は正しかった、それによって多くの人の命が救われた、と主張する。

あと、Schulmanの記述ではセックスやパーティシーンについての赤裸々な話はあまり書かれていなかったので、ある一人の白人男性の経験ということは別にしても、そういう話が多く書かれているのは良い。たとえばこれはACT UPに参加するずっと前の話だけど、ゲイだとずっと自覚していたけれど周囲にバレるのを恐れて男性との経験を持てなかった大学時代の著者が「留学の下見」という口実で親に旅費を払ってもらってロンドンに行き1週間で8人の男性とセックスした、とか、コンドームがHIV感染を(高確率で)防ぐと分かってからはACT UPのパーティでも多くの人がセックスしてたとか、普通におもしろい。わたしにHIV/AIDS危機やACT UPについて教えてくれたのはSchulmanと同じレズビアンたちだったので、ACT UP内のゲイ男性カルチャー的なものはあまり聞いてこなかったの。もちろんACT UPについて一般的にはゲイ男性カルチャー的な視点からの記録のほうが多いのでより知られていると思うのだけれど、わたしにとってはこれまで聞いていた話とは別の視点だった。

カクテル療法に確立を受けウイルス量のコントロールに成功したあと、ふたたびパーティシーンに戻った著者は、クリスタル・メス(覚醒剤の一種)への依存を抱えてしまう。そして同じようにクリスタル・メスを常用するようになった(そのせいでリスクに対する心理的障壁が下がった)多くのゲイ男性たちのあいだで一時は収まりつつあったHIV感染が増えていることに気づいた著者は、仲間に支えられて依存症を抑えつけると同時に、クリスタル・メス依存症者であることを公言して新たな活動をはじめる。また、HIV否認論(AIDSの原因はHIVではなく治療薬であり、世界中の医者や公衆衛生行政は真実を隠しているとするデタラメ陰謀論)や、PrEP(暴露前予防内服=HIV治療薬を事前に決められた用法で服用することでHIV感染リスクを減らすこと)反対論など、あらたな脅威にも立ち向かっていく。そのなかでHIV/AIDS危機を知らない若い活動家たちとも知り合い、かれらとファウチ医師ら専門家とのあいだをとりもったりも。

2020年に新型コロナウイルス感染が広まると、著者は以前からの知り合いとともに即座にCOVID対策チームを結成するとともに、トランプ大統領やその支持者からの攻撃をいなしつつ正しい情報の伝達と誤情報の訂正を続けるファウチを外からサポート。COVIDワクチンが驚異的なスピードで開発された背景には80-90年代にACT UPがHIV治療薬のスピーディな治験と承認を求めて作らせた制度が利用されているなど、HIV/AIDS危機で培ったクィアコミュニティや公衆衛生の経験が現在のコロナ禍への対策に生かされている(し、国際的な不均衡など、HIV/AIDS問題において十分に克服できなかった点についてはコロナでも脆弱性となっている)。