Tonika Lewis Johnson & Maria Krysan著「Don’t Go: Stories of Segregation and How to Disrupt It」
アメリカで最も人種によって住む地域が隔離されている都市の一つであるシカゴを舞台に、黒人の社会活動家・マルチメディアアーティストと白人の社会学者の二人の女性が「あそこには行くな」という社会的メッセージについて多様な住民たちにインタビューした証言集。
「あそこには行くな」とは、おもに白人たちのあいだで黒人やラティーノが住む地域に対して言われる言葉。シカゴでは特にサウスサイドが白人たちのあいだでは犯罪に巻き込まれないために「行ってはいけない地域」とされているが、当然のことながらサウスサイドだって普通に人々が住んで生活をしている場所。もちろん犯罪に巻き込まれることもあるけれど、それはどの地域でも起きることだし、実際のところサウスサイドでは白人は地元に住んでいる黒人たちよりずっと安全。なぜなら普段は呼んでも来てくれない警察が、白人が事件に巻き込まれでもしたら飛んできて無実の人も含めて徹底的に捜査され逮捕されるから。白人がサウスサイドに行こうとしたらタクシーの運転手に「やめたほうがいい」と説教されたり、バスの中で他の乗客に「間違ったバスに乗ってませんか?」と心配されたり、警察の車が寄ってきて「迷い込んだのだろう、外まで送ろう」と言ってきたりと、白人に対してみんな過保護すぎる。サウスサイドに位置するエリート大学のシカゴ大学の学生たちは、決してキャンパスの外に出るな、と厳しく言い聞かされる。
いっぽうサウスサイドに住む黒人たちにとっても、ピアノの調律師を雇おうとしても誰も来てくれなかったり、予算不足で十分な教育が行われていない地域の公立学校ではなく外の「良い」学校に子どもを通わせたけれど誕生日パーティをしても子どものともだちが誰も来てくれない(親が子どもをその地域に行かせない)など、さまざまな影響が。また、より裕福な白人が来ないということは、せっかくいいレストランやその他のさまざまな店があっても客が来ないということであり、経済格差をさらに深刻化させている。白人・黒人以外の人種の人たち、たとえば中国人留学生のあいだですら、サウスサイドに行ってはいけないという話は広まっており、実際に見て経験することもないままサウスサイドがタブーとされている。
本書はこうしたさまざまな証言とともに、実際にサウスサイドに通うようになった白人をはじめ、さまざまな人種のシカゴ住民たちから証言を集め、「あそこには行くな」というメッセージをどこから受け取ってきたのか、それがどういう影響を及ぼしているのか、明らかにしていく。実際に交流することによって地域が違っても同じ人間が生活している場所なんだという意識は深まるし、多様な文化への理解も共有できるけれども、人種隔離に政策的な要因があったことを指摘している以外は政策的な提言には触れていない。というか本書の主題はそれではない。本書が行っているのは、人種差別に基づいた偏見がその対象となる黒人やラティーノだけでなくすべての人たちの不利益になっていることを指摘し、それを乗り越えるために「行ってはいけない」と言われた地域に一歩足を踏み入れよう、と呼びかけることだ。