Shefali Luthra著「Undue Burden: Life and Death Decisions in Post-Roe America」

Undue Burden

Shefali Luthra著「Undue Burden: Life and Death Decisions in Post-Roe America

妊娠中絶の権利を認めた連邦最高裁判例が破棄された2022年6月以降、21の州で中絶へのアクセスが実質的に打ち切られるなか、そうした政策によって影響を受けた多数の人たちへのインタビューをもとに、それぞれの州でどのような事態が起きているのか取材した本。

ドミノの最初の一つが倒れたのはDobbs最高裁判決前年のテキサス州。アメリカ有数の大きな州で妊娠6週間以降の妊娠中絶を禁止する法律が成立した結果、実質的に妊娠中絶の選択肢を奪われたテキサスの人たちはオクラホマ州など妊娠中絶がまだ合法だった周囲の州に殺到。しかしテキサスより人口の小さいそれらの州ではテキサスから逃れてきた人たちに妊娠中絶を提供するキャパシティが足りず、中絶手術を担当する医者も反中絶派のテロに狙われるのを恐れ近所に住んでいるわけではないので急に稼働時間を増やすこともできず、中絶以外の医療措置を求める地元の患者が後回しにされたり、中絶手術を受けるための順番待ちリストが長期化。妊娠初期なら薬を使った経口中絶薬が有効だけれど医者に会うまでの待ち時間が長くなると選択肢が少なくなり、さらにコストが上昇し順番待ちリストが長くなるという悪循環。また、順番待ちの長期化によってよりコストのかかる複雑な施術が必要となったり、中絶するために長距離の旅行をする必要が出てしまったためにコストが上昇し、中絶費用を支払うことができない人たちを支援する基金も枯渇した。

誰もが予定どおりにクリニックにたどり着けるわけでもなく、旅行費用が出せなくなったり車が途中で故障したりなど、予約のキャンセルも発生する。そうするうちに時間がたち、それらの州でも妊娠中絶手術を受けるためのタイムリミットを突破してしまい、さらに遠くの州に行けなければいけないことに。2022年に妊娠中絶手術の権利を認める判例が破棄されると、各州は競うように妊娠中絶を厳しく規制、もしくは禁止するような法律を制定し、あるいは19世紀からあった古い法律を掘り起こしてきて適用すると突然宣言するなどして、毎週のように状況が変化。せっかく中絶の予約を入れていても法律や法解釈が変わって突然キャンセルされることも増え、それへの対抗策として患者はいくつもの州のクリニックに同時に予約を入れるようになり、かろうじて続いているクリニックの運営にも深刻な影響を及ぼすようになる。他州からの患者の流入に対応できるキャパシティがあるのはサンフランシスコやニューヨークなどの一部の大都市のクリニックだけだが、それらのクリニックでは中絶費用を払えない地元の人たちを支援するので精一杯で、旅費の支援にまでは関われない。

テキサス州で経口中絶薬の承認は違法だとする裁判が起こされ、反中絶派の連邦地裁判事によって経口中絶薬の承認を取り消す判決が出されると、さらに混乱は加速する。一部の州ではリモート診察による妊娠中絶薬の処方を可能にしており、それらの州内に住所があれば薬を郵送で受け取ることができるため、それらの州に協力してくれる知人・友人がいるなり、そうでなくても私書箱を設置して郵便物を転送してもらうなどの方法を取ることができる人は、住んでいる州に関わらず薬を入手することができた。判決では経口中絶薬の承認を取り消すだけでなく、19世紀に制定されここ何十年も適用例のないわいせつ物の郵送を禁止する法律によって中絶薬の郵送が禁止されることも示唆されており、のちに判決は覆されたとはいえ一時的に経口中絶薬の処方ができなくなるなど大きな混乱が起こる。

このように妊娠中絶に対する厳しい規制や禁止は、妊娠中絶の権利が守られている州をふくめ全国にドミノ倒しのように影響を撒き散らし、その結果おおくの人たちが中絶を受けるタイミングを遅らせ、多額の財産を失い、また望まない妊娠の続行を強いられた。また、胎児が生きたまま産まれる見込みがない例や、母体の命が脅かされているケース、癌の治療などに使われる薬の副作用として胎児が中絶する可能性がある場合、あるいは州法でも例外的に妊娠中絶が認められているようなレイプの結果による妊娠などの場合でも、違法な妊娠中絶を行ったとして法的追求を受ける危険によって医療従事者たちを萎縮させてしまった。

本書でインタビューを受けた人は、既に子どもを育てていて新たな子どもを育てる余裕がない家族や、性的虐待により妊娠した女性、既にテストステロン療法をはじめており自分が妊娠するなど考えもしていなかったトランス男性、子どもを望んでいるけれど子宮外妊娠が判明した人など、それぞれの理由で妊娠中絶を求める人たち。かれら・彼女たちは自分が住んでいる州で必要な医療を受けられず、さまざまな苦労をし犠牲を払ってほかの州でそれを受けた。州ごとに異なるタイムリミットが迫るなか、たまたま自分が住んでいる州のせいで、たまたま2020年代に妊娠してしまったせいで理不尽な経験をした人たちの体験談は読んでいても苦しく、反中絶活動家や政治家たちに対する怒りしか沸いてこない。わたしが住むワシントン州ではいまのところ妊娠中絶の権利は守られているけれど、連邦レベルで規制や禁止が進むとどうしようもないし、州内で、というかシアトルなど都市部で権利が守られていてもそれだけで満足していてはいけないと思った。