Joseph Cox著「Dark Wire: The Incredible True Story of the Largest Sting Operation Ever」

Dark Wire

Joseph Cox著「Dark Wire: The Incredible True Story of the Largest Sting Operation Ever

2018年から2021年にかけ、FBIが自らの関与を隠し「匿名性とプライバシー保護を重視して設計された安全なコミュニケーション・ツール」として世界中の犯罪組織に普及させたデバイスを通してかれらの情報を収集していた、法執行機関による史上最大のスパイ活動についての本。

エドワード・スノーデンが2013年にアメリカの情報機関が世界中の通信を傍受していることを暴露していらい、犯罪組織のあいだでは電話や通常のインターネット通信は捜査機関によって傍受されている危険が高いことが周知され、暗号化ツールの使用が広まりつつあった。しかし常にメッセージを暗号化しまた受け取ったメッセージを復号することは面倒だし、アメリカの大手テクノロジー企業によって作られたデバイス自体に政府機関が中身の覗き見ることができるバックドアが仕組まれるなどしていたら元も子もない。主に犯罪者たちの利用を想定してカメラやGPSなど監視に使われる危険のある部品を排除し根底から暗号化をシステムに組み込んだデバイスが人気を集めるも、政府によって閉鎖されるなどしたため、犯罪組織は常に新たなテクノロジー・ソリューションを求めていた。

あるときFBIのサンディエゴ支部が犯罪組織向けのデバイスを設計していた人を逮捕したところ、犯人は減刑と引き換えにFBIのためにバックドア付きのデバイスを設計し、それを犯罪組織に拡散することを提案。しかし当時のFBIはGPS付きの銃をメキシコのギャングに横流ししかれらを追跡するファスト・アンド・フュリアス作戦があえなく失敗し、GPSを無効化した銃が犯罪に使われてしまったことで批判を浴びていて、犯罪者に匿名デバイスや暗号化技術を横流しするこの作戦にも積極的ではなかったが、なんとかサンディエゴ支部が許可を得て作戦を実行。FBIや他国の捜査機関が競合するデバイスを提供する業者を摘発したり、犯罪組織のあいだで顔が広いドラッグディーラーらが進んで元締めとなりデバイスを売り込んだおかげで各国の犯罪組織のあいだにデバイスは広まり、かれらが送ったメッセージのすべてがFBIのサーバに送られてきた。

同時に、通信傍受をめぐるさまざまな法的・倫理的な問題も生じてくる。アメリカ国内の通信傍受には裁判所の令状が必要とされることからFBIは国内にあるデバイスから傍受されたデータを閲覧できなかった(とされている)がそうしたデータは別の国に送られたほか、犯罪組織のボスが弁護士との連絡にデバイスを使った場合など傍受が絶対的に禁止されている場合もある。また実行中の犯罪の情報がリアルタイムで集まるということは、それに介入すべきか、それとも傍受している事実を隠すために見て見ぬふりするかという選択を常に迫られることにもなる。作戦は予想していた以上の成功をおさめたが、傍受の事実を隠していても犯罪者の摘発をしていればいずれは情報源がこのデバイスであることはばれるし、それまでの過程で多くの人たちが情報を漏らした組織からの裏切り者だと誤解され報復を受けるおそれもあったため、FBIは真実を公表する。犯罪組織のメンバーたちが信頼し常用していたデバイスが実はFBIによる仕込みだったという発表は衝撃を巻き起こしたが、FBIは今後どんな企業がどのようなデバイスを開発しようとも「もしかしたらFBIによる仕込みでは」という疑いを生むことでそうしたデバイスの普及を防ぐことも狙っていた。

この事件の結果、FBIの狙いどおり犯罪組織向けに設計された専用デバイスの市場は大きなダメージを受けたけれども、同じ時期にSignalやWhatsAppのような使いやすい一般消費者向けのエンド・トゥー・エンド暗号化通信ツールも普及したことで、そうしたデバイスの必要性も減ってきた。もともと犯罪者向けに設計され、ほとんど犯罪者にしか使われていなかったデバイスと異なり、これらのツールは多数の一般消費者が使っており、とくに政治的に弾圧されている人たちや、情報を秘匿しなくてはいけないジャーナリストたちにとっての必需品。「犯罪者も使っているから」という理由でそれらのツールにバックドアが仕込まれたり一方的に傍受されることは許されないが、FBIや捜査機関が諦めるはずもなく、今後通信の安全と通信ツールの安全性をどのように確保するのかが課題。