Kelly Clancy著「Playing with Reality: How Games Have Shaped Our World」

Playing with Reality

Kelly Clancy著「Playing with Reality: How Games Have Shaped Our World

現実を模したゲームが軍事作戦の研究に用いられた歴史からゲーム理論の発達や人工知能の研究までカバーして、ゲームが人々による現実理解に与えてきた影響について論じる本。著者は神経科学者・AI研究者で、ゲームが現実理解の助けになってきた一方、その理解を歪ませ現実を脅かしてきた側面にも触れ、ゲームと現実のより良い関係を論じる。

最初のうちはゲームの歴史やそれが軍事や政治に応用され現実の戦争にも影響を与えてきたことなどが語られるが、本書がおもしろくなるのはフォン・ノイマン、チューリング、シェリングらの登場によりゲーム理論とコンピュータ(そして人工知能)が発達しはじめるあたりから。ソ連が原爆開発に成功するまえに先に核でソ連を破壊することを主張したフォン・ノイマンも、それが叶わなかったのちにナッシュ均衡として両大国の軍事戦略の基幹となった相互確証破壊も、ゲーム理論により導き出された最適解だったが、その結果、両国は泥沼の侵略戦争となったヴェトナムやアフガニスタンで理性的な退却戦略を取ることができなくなった。というのも、相互確証破壊が成り立つには相手の核攻撃に対して理性や倫理を度外視して自動的に核攻撃で反撃すると相手に信用させる必要があるので、相手に「いざとなれば引く」と思われないためにはどんな犠牲を払ってでも非理性的な戦争をやめることはできなかった。

ゲーム理論で得られた最適解を取るためには、そのときの世論や国際社会の評判など細かいことに右往左往しない姿勢が求められ、そのことは政策的な選択肢を狭めてしまう。チキンレースで勝つのは車のハンドルを引っこ抜くことで、方向転換するという選択肢を排除した側だ。最終的にそうした考え方は、人間が判断することなくあらかじめ設定された条件付けに基づいて機械が自動的に対処すると発表すれば一番良い、という答えに行き着くが、それは計測装置の誤作動などによって偶発的な核戦争を招きかねない。実際にそれに近い事件は1983年に起き、そのときはミサイル攻撃検出装置の誤作動を見抜いたソ連の軍人により核戦争が防止されたと言われている。

そして現在、権威主義的な指導者たちが各国で力を持ち核戦争の危険が高まるなか、人工知能が高度な判断を任されることが日々増えてきている。ゲーム理論やそれを元にしたメカニズム・デザインが軍事だけでなくさまざまな政策に採用されるとともに、ゲームを通した現実のシミュレーションやゲーミフィケーションによる現実のゲーム化も進んでいる。しかしゲームは何らかの意図や暗黙の前提を元に人間によって設計されたものだし、人工知能も学習データの選択や処理を通して人間の偏見を盛り込んでいる。また、行動経済学や行動心理学において人間の行動には経済学的な理性に基づかないバイアスがあると言われているが、経済学的な価値判断こそ理性的でそれに従わない人間を非理性的だと決めつける論理は、ゲームに落とし込めない複雑な人間の理性を切り捨てていないか。

ゲームは現実理解に影響を与えるからこそ、現実理解を歪ませ、現実を人々の望まない、人々を不幸にする方向に捻じ曲げてしまう危険もある。本書では人間が自らの理性や判断を機械に譲り渡すことなく、ゲームの設計に倫理的に関与し続ける必要性が説明される。