Robert Cheeke著「The Impactful Vegan: How You Can Save More Lives and Make the Biggest Difference for Animals and the Planet」

The Impactful Vegan

Robert Cheeke著「The Impactful Vegan: How You Can Save More Lives and Make the Biggest Difference for Animals and the Planet

肉を食べなくても体は鍛えられることを身をもって示しているヴィーガン活動家でフィットネス・インフルエンサーの著者が、効果的利他主義(EA)の考えをヴィーガニズムに応用させた効果的ヴィーガニズムを訴える本。

ピーター・シンガーやウィリアム・マカスキルらが提唱する効果的利他主義は最近、サム・バンクマン=フリードのFTX破綻・巨額詐欺事件やOpenAIからのサム・アルトマン追放(未遂)など悪い話題が注目を集めている。著者も一応それは気にしているらしくて「どんな集団にも悪い人はいる」と一言だけ断っているけど、動物由来のものを食べない、身に着けない、消費しない、など個人的に動物を傷つける行動を取らないことがヴィーガンのあり方だと思っていた著者はある時効果的利他主義に出会い、自分一人が消費するために殺される動物なんてそもそもたかが知れている、必要なのは自分がピュアな生活をすることではなく、より多くの動物の苦しみを取り除くための行動を取ることだ、と気付かされる。

ヴィーガニズムは、単に動物由来の食べ物を食べないライフスタイルではなく、動物の苦しみを人間の苦しみと同等に捉えそれを減らしたいと考える思想だ。たとえば環境保護のため、あるいは宗教的な理由や自分の健康のために動物由来の食べ物を取らない人はいるが、動物の苦しみを減らしたいという思いがそこになければそれはヴィーガニズムではない。いっぽうヴィーガンにとっては、ある人が動物由来のものを消費しないのであればそれで動物の苦しみが減るのだから、その人の動機がなんであれ歓迎できる。さらに言うと、ある人が動物の苦しみを減らすには個人的に動物由来のものを消費しないことだけでなく、動物保護の活動に寄付することや食肉の代替となる人工肉を開発する企業に投資するといった手段もあり、後者のほうが効果が高いことも十分考えられる。

著者はもちろん、著者自身がフィットネス業界の中で行っているような、ヴィーガンを増やすよう呼びかける地道な活動を肯定しているが、それは効率があまり良くないとも考えている。たしかに近年ヴィーガンになる人は増えてきているものの、新たにヴィーガンになった人の9割は肉食に戻るというデータもある。そういうこともあり、著者は動物由来の肉や卵と同等以上の味と価格の人工肉などの代替商品の普及に期待を寄せる。そもそも環境的にも先進国型の食生活は持続不可能であり、より「人道的な」動物の飼育を行おうにも市場に必要とされるスケールではそれは不可能。価格や味などの点が解決すれば、肉といえば植物由来の代替肉か、新たな動物を殺すことなく既にある肉の細胞から培養された人工肉のほうが一般的になり、「人道的に」飼育された動物由来の肉は一部の金持ちだけが食べる高級品になると予測する。不公平ではあるが、動物の苦しみは現在に比べるとはるかに軽減されることになる。

自分がどう感じるかではなく動物の苦しみを軽減するという目的からものごとを判断するということは、ヴィーガンはこうでなければいけない、という純化主義からの自由に繋がるかもしれない。たとえばヴィーガンの食事を注文したのに間違って肉や卵やチーズが使われている料理が出てきてしまったとき、一口でも口にしたら自分の倫理に反してしまった気持ちになるかもしれないけれど、大きな目で見ればレストランが間違っただけで自分の責任ではないし一口食べたからといって動物の苦しみが増えたわけでもない。

そういう感じの大まかな話なら分かるのだけれど、苦しみを概算するための仮の計算で出てくる数字やどういう団体や活動が効果があるのかという議論に出てくるデータが怪しく、たとえば攻撃的なデモはかえって反発を招くだけだから効果がマイナスだというけれどその根拠はデモ直後のアンケートによるデータであり、数字で確認しにくい社会規範への長期的な影響は無視されている。「食の砂漠」と呼ばれる新鮮な野菜や果物がなくファストフードとスナックしか売られていない地域の問題について「代替肉のハンバーガーやホットドッグが普及すればいい」と言ったり、あるいは家族の食料の買い物をして料理をするのは女性だからヴィーガンは女性に呼びかけるべきだと言い出したり、まあ効果的利他主義の人の議論にありがちなパターンがあってちょっと不信感は抱いてしまう。自分はヴィーガニズムを自分のやりたかったこと(アスリートになってフィットネスの仕事をする)と両立できてラッキーだったけどほとんどの人の夢は仕事に結びつかない、という話から、効果的利他主義の「寄付するために自分の収入を最大化する」という考え方にも触れられていて、バンクマン=フリードみたいな人がまた出てきそうな。

まあ言ってることはそんなに間違ってはないんだけど、世の中って正しいことはいろいろあって、同じことがある基準では正しいけど別の基準では間違っていることもあったりして、だからといってどんな基準もみんな同じだけ有効だとは思わないけど、どれか一つだけの基準に任せきっちゃうのはどうだろう、という、おもしろくもない感想になってしまってごめんなさい。