Brady Dale著「SBF: How The FTX Bankruptcy Unwound Crypto’s Very Bad Good Guy」

SBF

Brady Dale著「SBF: How The FTX Bankruptcy Unwound Crypto’s Very Bad Good Guy

暗号通貨取引所FTXと暗号通貨投資会社アラメダ・リサーチの創業者でそれらの巨額破綻を引き起こし証券詐欺などの罪で逮捕されたサム・バンクマン=フリード(SBF)についての本。著者は暗号通貨について長年追っている記者。

SBFにかかっている疑いは多岐に渡るけれども、その中心にあるのは暗号通貨取引所のFTXが顧客から預かっていた資産を勝手にアラメダ・リサーチの投資に流用していたのではないか、という嫌疑。しかし著者はそれらはあくまで起訴状に書かれたことであるとして、正しいかどうかは今後の裁判を見守るという立場。本書の大部分は、破綻に至るまでにどのようにしてSBFは暗号通貨のシーンで支持を得てきたのか、という話。おかげでDeFi(分散型金融)の仕組みとか、なんで価値が1ドルに固定されているステーブルコインなんていう現金の下位互換みたいなのが存在するのかとか、ほかにも暗号通貨関連の謎だったことがいろいろ理解できた気がする。理解したところで何か得をするとは思えないけど。てゆーかこれ、2008年の金融危機のときに金融デリバティブ商品についてのどーでもいい知識が増えたことを思い出すわ。いずれにせよ、FTXとアラメダ・リサーチの破綻について、これは暗号通貨やDeFiの問題ではなくむしろFTXが中央集権的で十分に分散化されていなかったからだ、そして破綻が明らかになったのは暗号通貨取引の透明性のおかげだ、というのが著者の立場らしく、ビリーバー。

SBFについてもう一つ興味深いのは、かれが倫理学者のピーター・シンガーやウィリアム・マカスキルらが提唱する「効果的利他主義」の支持者であり実践者でもある点。かれの発言には暗号通貨が世界を変える的な思想は薄く、あくまでそれは最も手っ取り早く大金を稼ぐ手段であり、より多くの幸福をもたらすためにその儲けを使うことをかれが(少なくとも名目としては)目的としていたことが分かる。巨額破綻の発覚後騒がれた民主党政治家への巨額の政治献金なども、その多くは気候変動対策に熱心な議員を応援する基金への寄付という形を取っており、気候変動対策を口実として繋いだパイプを通して暗号通貨規制のあり方などについてロビー活動していた。

ただし著者は効果的利他主義についての詳しい議論は避け、著者が個人的に地元の効果的利他主義支持者たちのグループの集まりに参加したこと、かれらが議論好きな善良な一般人であることを指摘、SBFは本人にも自覚できない形でそれを自分勝手に利用してしまったのだろう、的な話にまとめていて、肩透かし的でやや不満。本の最後でふたたび効果的利他主義について短く取り上げた際には、効果的利他主義はデータに基づいた実証的な社会貢献を謳っているけれど実際には将来の行為の影響を正確に予測することは難しいことを指摘、SBFは自分の中で抱いたベイジアン的な事前確率を過信してしまった、とも書いていて、そちらはまあ納得。マカスキルの長期主義やそれに影響されたイーロン・マスクやジェフ・ベゾスらの宇宙開発路線に対して感じる傲慢さはそれだったか。