Phil Jones著「Work Without the Worker: Labour in the Age of Platform Capitalism」

Work Without the Worker

Phil Jones著「Work Without the Worker: Labour in the Age of Platform Capitalism

プラットフォーム資本主義というタイトルからUberなどギグ・エコノミーにおける労働についての本かと思ったら、それよりさらに作業の細分化を進めた、アマゾンのメカニカルタークのようなマイクロワークプラットフォームについての本だった。18世紀に作られチェスを指せるロボットとして話題を呼んだが実際には中にチェスの名人が入って操作していた「トルコ人人形」を元に命名されたメカニカルタークは、人間の労働者をコンピュータの備品のようにして扱えるように作られたプラットフォームで(アマゾン創業者のジェフ・ベゾスはこれを「SaaS=サービスとしてのソフトウェア」になぞらえて「サービスとしての人間」と表現している)、コンピュータには難しい画像や音声や文章のコーディング、解釈や意味付けによく使われている。数十秒から長くても数十分で終わる短い作業を数十セント(数十円)単位の賃金で発注し、それを労働者が実行して収入を得る仕組み。

これまでAIや機械学習についての議論では、それらが社会における差別の固定や監視社会化につながる点がよく批判されてきたが(たとえば「Automating Inequality」「Race After Technology」など参照)、AIに機械学習させるためには元となるデータが必要となる。たとえば猫の写真を大量にAIに学習させることでAIは写真に写っている猫を認識できるようになるけれど、そのためにはあらかじめ猫が写っていると分かっている大量の写真が必要になる。画像や映像の解釈や音声の聞き取り、文章の翻訳など、AIにはまだ困難な作業を担当しつつ、その作業をこなすことによってAIを学習させ、最終的にはその仕事自体をAIに奪われる運命にあるのがこうしたプラットフォームで働いている人たちだ。

この本ではさらに、メカニカルタークやその他のプラットフォームが途上国の貧しい地域や難民キャンプ、さらには先進国の刑務所などにおいて、雇用機会が乏しい人たちに経済的な機会を与える、というふれこみで進出していることが紹介されている。しかし実際に作業をするより仕事を探して請け負うまでのほうに労力や時間がかかるうえに、秒や分の単位で行われる労働では十分な収入を得ることは難しく、また発注側が一方的に作業の結果が不十分だと判断して支払いを拒否したり、あるいは支払日までに逃げてしまっても、対抗手段はほぼない。労働者同士の連絡を取ることはできず、労働運動も起こしようがない。

このように、メカニカルタークに代表されるマイクロワークのプラットフォームは、難民や受刑者などほかの機会から見放された人たちを利用しつつ、より不安定な労働形態、しかもその労働自体によってAIを成長させ失業を生み出すような経済的な変化をもたらしている。と同時に、そのプラットフォーム自体が各国政府や政府の外注を受けた業者によって民族的・宗教的マイノリティの監視や移民の管理などのためにも使われており、それらに晒されているマイノリティや難民たちのコミュニティのさらなる社会的・経済的な不安定化を起こしている。また、労働者の側には個々の発注元やプラットフォーム自体に対する抗議や抵抗の手段がなく、秒か分の単位の雇用関係において労働運動を起こすことも難しい。とはいえマイクロワークに携わる人が多い地域においては、かつてアメリカの農場で移住労働者の支援に採用された「労働者支援センター」のような物理的に労働者が集まり相互扶助に参加できる取り組みはありえる。

と、ここまで悲観的な話が多いのだけれど、最終章において驚愕の展開がある。これまでの話は全て「生きるためには仕事をして賃金を得なければいけない」という前提において議論されてきたけれど、これは絶対の真理ではない。ベーシック・インカムとベーシック・サービス(収入だけでなく医療や教育など必要なサービスが平等に提供されている状態)が行き渡った社会において、人がそれぞれ特定の職業を持つのではなく、みんなが追加の収入ややりがいを得るためにやりたいと思った時にやりたいだけの仕事をやる、という新たな労働の形はあり得る。かつては夢物語に過ぎなかった「働かなくても誰でも豊かな暮らしができる」共産主義的ユートピアが技術の進歩によって実現に近づいている、という「Fully Automated Luxury Communism」の議論を受け、そのような社会においては全ての仕事がそのたびにプラットフォームを通して請け負うマイクロワークになるのではないか、という、ちょっと想像が追いつかないけど興味深い話で終わる。資本主義を極限まで突き詰めた仕組みが共産主義的ユートピアのモデルになるっておもしろい。