Faith Kearns著「Getting to the Heart of Science Communication: A Guide to Effective Engagement」

Getting to the Heart of Science Communication

Faith Kearns著「Getting to the Heart of Science Communication: A Guide to Effective Engagement

科学者としての経験を積み現在はサイエンスコミュニケーションの専門家として活動する著者の本。かつてはサイエンスコミュニケーションとは偉い科学者たちが一般人に分かりやすく科学的な知識を説明して科学への興味と関心を集める作業とされていたけれど、コロナウイルスやワクチンをめぐる医療・健康問題、気候変動をはじめとする環境問題など、わたしたちの生存を直接的に脅かす危険に対するコミュニケーションの重要性が高まっている一方で、科学的合意に対する不審や陰謀論の影響も拡大しており、サイエンスコミュニケーションの役割が注目されている。

著者はこの本で、サイエンスコミュニケーションを科学者から一般人への情報の一方通行としてとらえる考え方を否定し、サイエンスをめぐる議論が巻き起こす感情的な反応やトラウマに配慮し、人々の不安や不信に耳を傾け、科学者やサイエンスコミュニケーターと一般人とのあいだの関係性の構築に気を配るべきだと主張する。彼女が専門の一つとする山火事の例を取ると、延焼がどこまで広がるかの予測や緊急避難に必要な時間についての知識は、いまそこで避難を迫られていたり自宅や財産を失う危険に晒されている人たちには届きにくい。さんざん政府に騙されて公害の被害を受けてきたミシガン州フリント市の黒人住民たちは「今度こそ水道水は安全になりました」と言われても信じない。そういう状況で科学的な知識を伝えるためには科学的に正しいことを説明するだけでは不十分。

このようにサイエンスコミュニケーターに期待される役割は大きくなっているのだけれど、サイエンスコミュニケーションは学界において科学の功績としてはほとんど認められず、サイエンスコミュニケーションを仕事とする人のほとんどは政府や民間団体や大学の不安定な地位にいる。コロナや気候変動など政治的にあやういトピックについて発言することは、それが本職の仕事としてであれボランティアのつもりでソーシャルメディアで行っているものであれ、政治的な攻撃に晒され、職を奪われる危険をともなう。サイエンスコミュニケーションが必要だと思うなら、それを担う専門家たちの地位を守ることも必要だと著者は主張している。