M. Chris Fabricant著「Junk Science and the American Criminal Justice System」

Junk Science and the American Criminal Justice System

M. Chris Fabricant著「Junk Science and the American Criminal Justice System」

ごく最近読んだBrandon L. Garrett著「Autopsy of a Crime Lab: Exposing the Flaws in Forensics」と内容が被るけど、犯罪捜査で使われる指紋や毛髪、噛みつき跡などの「科学的」鑑定がいかに科学的根拠を欠いていて、多くの無実の人を刑務所に追いやったり死刑にしたりしてきたか告発する本。Garrettもこの本の著者もともに、無実の罪で有罪判決を受けた人の釈放を勝ち取るために活動しているInnocence Projectの関係者で、同時期にほぼ同じテーマの本を出すことになったのはどうしてなんだろう、とどうでもいいことが気になってしまう。内容はGarrett著と重なる部分も多いけれども、詳しく書かれているポイントが違うのでどちらもためになった。

本書ではとくに、遺体に残された噛みつき跡から犯人を特定する手法がどのように生まれ、広まり、そして否定されてきたかが詳しく書かれている。科学的根拠が乏しい鑑定によって「専門家」たちは噛みつき跡は被疑者の歯型と完全に一致したとか、別人のものとは考えられないと証言し、その説得力によって多くの被疑者が有罪判決を受けた。もともと法医学においては遺体の歯と歯科医が保存しているカルテを比較して本人確認する手法は確立していたけれど、それはあくまで歯の現物が残っているからできること。被害者の遺体や着ていた服などに残っていた噛みつき跡の鑑定は、はっきりとした歯の形が残っていることは稀だし(普通人は噛まれたら反射的に激しく体を動かすのできれいな跡は残らない)、そもそもその傷が噛みつき跡なのかどうか「専門家」たちのあいだでも同意できない。また全国的な歯型のデーターベースがあるわけでもなく、ある噛みつき跡が被疑者の歯型にどれだけ似ていてどの程度の確率で同定できるのか客観的には誰にもわからない。そういうなか、有罪にされた人たちのなかから他の証拠によってあとから無実が証明される人が複数出てくるとともに、手法の頼りなさ(同じ傷跡を複数の専門家に鑑定させると別の結果が出るだけでなく、期間をおいて同じ専門家に同じ傷跡を複数回鑑定させても別の結果が出る)も明らかになったが、無実の人を犯人と特定した専門家の多くは責任を認めようとしなかった。

またこの本では、火事の跡を検証して放火かどうか判断する捜査が冤罪を生み出した例についても紹介されている。自分の家が全焼し家族を失ったのに「専門家」によって「放火」だと断定され生き残ったあなたが犯人だと名指しされ収監された話など、辛すぎる体験だけれど、同じように「科学的捜査」の過ちによって刑罰を受けた人の話がこの本にはたくさん出てくる。これらは他の証拠(たとえばDNA鑑定)によって別の犯人が特定されるなどして無実が証明された例だけど、無実なのにそれが証明できずに刑務所に入れられたままだったり死刑になった人はおそらくその何倍もいるはず。そもそも一度裁判によって有罪になってしまうと、仮にその根拠とされた証拠や証言の1つが事実に基づかないとあとで分かったとしても、再審に持ち込むことすら難しい。判決までは検察側に被疑者の有罪を証明する義務があるけれど、判決後は被疑者がほとんどの場合は無罪を証明できなければ釈放には結びつかない。また裁判以前に、科学的鑑定によってあなたが犯人だと特定された、裁判で争うよりは有罪を認めたほうが早く出所できる(あるいは執行猶予がつく)という説得を受けて無実なのに有罪を認めてしまう人も多く、その人たちのケースでは「専門家」の過ちは見過ごされる。

法医学において間違った手法による犯人特定が横行してしまった背景には、それを良しとする検察の態度がある。普通の医療であれば、科学的根拠に反する医療行為は患者に害を与えるので、いずれ客である患者がそれに気づき変更を求める。しかし法医学の顧客は警察・検察であり、「被疑者が犯人だと特定された」と証言している限り客の不評を買うことはない。むしろ頼りない手法であるからこそ、たとえば複数の専門家に鑑定を依頼して、検察に都合がいい鑑定結果だけを証拠として提出するということも行われている(これはBrady判決で違法とされているけれど、検察側が違反しても被疑者には実質的な対抗手段はない)。

つくづく恐ろしい話だけれど、米国ではこうした理不尽な刑事司法が特に黒人など非白人に対して集中的に向けられているため、多数派を占める白人中流層の人たちが自分の問題としてその恐怖を感じることが少ない。もちろん実際には無実の罪に問われる白人もたくさんいるのだけれど、お金があれば良い弁護士を雇えるし、白人は陪審や判事によって人種的偏見に基づいて判断されることもない。そして無実を完全に証明できない限り、多くの黒人受刑者たちの「自分は無実だ、誤った証拠で有罪にされた」という訴えは聞き入れられない。差別や格差、刑事司法の不公平さや権威主義などさまざまな問題があってどれも解決は難しいのだけれど、せめて「専門家の科学的鑑定が裁判に証拠として受け入れられるためにはその有効性が科学的に証明されるべきだ」という当たり前の主張くらいは実現してほしい。