Noami Grevemberg著「Living the Vanlife: On the Road Toward Sustainability, Community, and Joy」

Living the Vanlife

Noami Grevemberg著「Living the Vanlife: On the Road Toward Sustainability, Community, and Joy

トリニダード出身の黒人クィア女性の著者が、仕事を辞めアパートも引き払ってパートナーとともにフォルクスワーゲンのバンで各地を巡る生活をして経験したこと、気づいたこととともに、バン生活に憧れるほかの人たちへのアドバイスも綴った本。

著者はトリニダードの農村出身で、彼女の幼少期、一家は服が破れたら修復する、日常に必要な道具は木の枝など周囲の山から取ってきたものを利用するといった、自然と共存するエコな生活をしていた。しかし進学のために学校のある都市に出たとき、より消費社会的な生活を送っているクラスメイトと出会うことで、彼女は自分が当たり前と思っていた生活は「貧しかった」ことを知る。彼女はキャリアを積み高収入を得るアメリカン・ドリームに目覚め、25歳でアメリカの大学に入学、無事卒業し、環境科学者として民間企業で良いポジションを得る。在学中に出会った白人男性のパートナーとも結婚し、二人は毎日それぞれ別の方向に片道一時間かけて通勤する毎日を送る。

そうした生活を続けるなか、著者は自分の人生はこれでいいのかという疑問を抱く。キャリアで成功し高収入を得るという目標を達成したが、そうした一般社会的な成功は本当に自分が望んでいたものだったのか?貧しいながらも他人と自分を比較せず自然のなかで生きていた幼少期のほうが幸せだったのでは?と。週末にキャンピングに行くなどして自然と触れ合うことの楽しさを思い出した著者は、各地をバンで転々とし、その時その時の生活に必要なだけ仕事をして生きている人たちに出会う。かつてのヒッピーたちをはじめ、自分の意志でそうした生活を選んだ人たちは昔からいたけれど、2010年代からバン生活がYouTubeやその他のソーシャルメディアで注目を集めており、著者もパートナーと愛犬とともにクレオール語で「アイリー」と名付けたフォルクスワーゲンのバンでフルタイムの生活をすることに。

ソーシャルメディアでは大金をかけて普通の住宅とかわらないほど便利に改造されたバンで生活している人なども登場するけれど、それを真似する必要はないし、空間や設備が限られることで生活をシンプルかつミニマルにできることこそバン生活の魅力だと著者は言う。車で各地を転々とするのは環境に優しくないのではないかと思う人もいるかもしれないけれど、著者はそれぞれの土地にある程度滞在してその地域について知るスタイルを取っており、また毎日通勤のために往復二時間も車を運転するだけでなく、大きな家に住み空調や大量の電化製品を使う生活に比べればずっとエコだ。

バン生活ならではの苦労や、想像していた生活のパターンと現実の違い(基本、バン生活は何をやるにも予定通りいかないので、毎日◯時に起きてエクササイズして、といった計画的な生活はできない)、毎日シャワーできるわけでもないし時には地面に穴を掘ってトイレをしなくちゃいけないなどアジャストしなくちゃいけないことなど、興味深い話がたくさん。また、バンという小さな空間でパートナーと一緒に住むことで、これまで別々の職場に通いいくつもの部屋がある家に住んでいた時には気づかなかった問題が二人のあいだで浮上してきたり、パートナーとの関係性や性生活がどう変化したかといった話もおもしろい。せっかくアメリカに移住して大学を卒業し良い仕事を得たのに、と家族に失望され、自分は間違った決断を下してしまったのではないか、自分は脱落者なのではないか、という悩みも。

パートナーとのバン生活をはじめてしばらくして、著者は各地でバン生活をする人たちの集まりが行われていることを知る。パートタイムでバン生活をしているわたしの知り合いもそういう集まりに参加したことがあるけれど、その時は多数のバンが一箇所に集まり、小さな街のようなものが生まれる。そこで参加者たちばバンを見せあったり、いろいろなアドバイスやアイディアを共有する。パートナーとのバン生活で自然との繋がりを結び直した著者はしかし、それまでコミュニティとの繋がりを失っていたことに気づき、さっそく集まりに参加する。そこでは確かにバン生活をするたくさんの人と知り合うことができたけれど、周囲を見回しても黒人女性は彼女一人だった。

家賃が払えなくて仕方がなく車上生活をしている人は全国にたくさんいるけれど、自分の意志でバン生活を選び、それなりに快適な生活ができるような車を手に入れ、各地を巡るのは、経済的に特権的な立場にいてこそ可能なことだ。また、Alvin Hall著「Driving the Green Book: How Black Resistance Lit a Path Through Jim Crow and Beyond」でも書かれていたように、歴史的に黒人にとって旅行はいつ人種差別的な暴力に晒されるかわからない危険なもので、アメリカ中どこでも自由に旅行することができるのは白人男性の特権でもある。もっと多くの黒人やその他の非白人やクィア&トランスの人たちが、白人シスヘテロ男性と同じように自由にどこでも旅行できるべきだ、として著者がはじめたハッシュタグは、バン生活に憧れる、あるいは実際にバン生活をはじめた黒人やその他のマイノリティの人たちによる運動になった。

また著者は、自分たちはバン生活を通して自然との関係を結び直すだけでなく、伝統的にその自然を守ってきた、そしていまもそれを守るために連邦政府やエネルギー業界などと闘っている先住民の人たちにも敬意を持つべきだとして、ただその土地を訪れ自然を楽しむだけでなくその土地の歴史と文化も学ぶべきだと言う。アメリカ連邦政府が整備している国立公園の素晴らしさを力説すると同時に、それらが先住民から土地を奪って設置され、いまでも多くの先住民ネーションが連邦政府とのあいだに結んだ条約に基づいて土地の返還を求めていることにも触れている。本書で書かれていないことだけれど、上で書いたようなバン生活をしている白人たちが集まるイベントの多くが「国有地」とされている先住民の土地でかれらに無断で開催され、普段は静かな地域にあまりに大勢集まるので水が大量に消費され、また汚染されたり、ゴミが残されたりして周辺に住む先住民の人たちが迷惑を受けていることにも触れてほしかった。

著者はバン生活をはじめてからライター・写真家としても活動をしていて、本書には彼女が撮った美しい写真が多数掲載されている。また彼女は幼いころテレビでアラスカについてのドキュメンタリを観て、常夏のトリニダードと対象的なアラスカの大自然に憧れており、コロナウイルス・パンデミックによるアメリカ・カナダ間の国境閉鎖の影響を受けながらついに短い夏のアラスカにバンを走らせるところが本書のクライマックスになっている。わたしも幼いころ、テレビでアンカレッジとフェアバンクスを結ぶアラスカ鉄道の路線についての番組を観て、それ以来ずっといつかアラスカ鉄道に乗ってみたいという憧れを抱いているので、そのあたりはとても共感した。