Alejandra Oliva著「Rivermouth: A Chronicle of Language, Faith, and Migration」

Rivermouth

Alejandra Oliva著「Rivermouth: A Chronicle of Language, Faith, and Migration

2016年の大統領選挙におけるドナルド・トランプによる移民叩きに危機感を抱き、移民支援運動に身を投じたメキシコ系アメリカ人で翻訳家の著者が、トランプ政権による違法な難民申請者の門前払いの最前線であるサンディエゴ〜ティファナの国境地帯でボランティアをしつつ見た著しく残酷かつ不当な現実を、アメリカ生まれのメキシコ系アメリカ人である自分の特権的立場や、翻訳者としての役割や支援者としての倫理について悩みながら美しく描写した本。

アメリカの移民制度は19世紀に中国系移民の入国を禁じて以来ずっと人種差別的・非人道的な運用がされてきたけれども、2017年から2020年までのトランプ政権はイスラム教徒が多い多数の国からの移民や旅行者の入国を禁止しただけでなく、国境で難民申請する人たちを違法に門前払いしたり、難民申請するために入国した家族を親子別々に収容しどこに誰を収容したかという記録すら十分に残さない施策を取るなど、人道的な問題がさらに悪化した。

ほんらい国際法やアメリカの国内法によれば、アメリカの領土に入った人が難民認定を申請すれば調査のあいだ一時滞在の許可を得られるはずだが、トランプ政権はそれを違法に停止、すでにアメリカ領土であるはずの国境のアメリカ側の施設から難民申請者を追い返すようにした。そのかわりに導入されたのが、難民申請をしたい人はウェイトリストに自分の名前を追加し、自分の番号が呼ばれるまで何ヶ月でも何年でも国境のメキシコ側で待機させられるという制度。そもそもかれらの多くは内戦やギャングの抗争、組織的な性暴力やホモフォビアやトランスフォビアによる殺害予告から逃れてきたメキシコ以外の中米の国の人たちで、メキシコ政府にも良い顔はされないし、ティファナはメキシコのなかでも最も殺人が多い危険な街。

そこで延々と待機させられ、自分の順番が来たらアメリカで自分の審査までまた何ヶ月あるいは何年ものあいだ収容所に入れられる。移民局の収容所の多くは民間企業によって運営されていて、コストを抑えるために劣悪な施設にキャパシティを超えた人たちが押し込められ、家族と引き離され必要な医療は受けられない。収容所はそれぞれ政府との契約によって毎日最低何人を収容すること、という決まりがあるので、その数字を達成するためだけに収容者たちはなんの予告もなく各地の収容所を転々とさせられ、誰がいつどこに収容されているのか、支援する弁護士ですら把握できないばかりか、かれらが申請のために集めた資料があっさり紛失される。

こうした状況にもかかわらず、政府によって収容所が人道的な基準を満たしているか審査するよう依頼された日系アメリカ人の会社「ナカモト・グループ」は審査した収容所の全てにおいて一度も何の違反も報告していない。ナカモト・グループの創業者ジェニー・ナカモトは、自分の母親は第二次世界大戦中に日系人収容所の中で生まれており、その経験をもとに収容された人たちに対する人道的な扱いを心がけている、と説明するが、Tsuru for Solidarityなど移民支援の活動をしている日系アメリカ人団体は日系人が受けた迫害の記憶裏切るばかりか、それを金儲けの口実に利用している、と批判している。

著者はメキシコ系移民の裕福な家庭に生まれており、彼女がティファナで出会う難民申請者たちと外見はほぼ同じ、家庭内で使う言語も同じなのに、ただアメリカで生まれたというだけで係官にパスポートを見せるだけで数分で国境を行き来することができる。彼女の両親は経済的な余裕があったから簡単に移民することができたし、仮にかれらが移民できなかったとしてもメキシコで裕福な暮らしができていたので何の問題もなかった。それに対し、命の危険を感じアメリカへの入国に望みを繋ぐ多くの難民申請者たちは、国境の反対側に生まれたというだけの理由でそうした権利を持たず、「ほんとうにあなたは命の危険を感じているのか、そしてそれは難民認定を受けるのに必要な理由に基づいているのか」はなから疑われ、非人道的な扱いを受ける。それはまるで、「もしあなたが本当に命の危険を感じているなら、どんなに酷い扱いを受けても死ぬよりはマシだろう」と、わざわざ酷い扱いをすることで「本物の」難民をふるいにかけているようだ。

スペイン語の名前とメキシコ系の外見から難民申請者たちから親近感を持たれるが、自分とかれらの境遇の違いに罪悪感を感じ悩む著者。その一方、自分と一緒にボランティアしている若い白人たちにも「かわいそうな浅黒い肌の人たちを救う自分」に酔っているような雰囲気や、難民申請者の方を向かずに著者に向かって「こう言ってくれ」と自分の発言の通訳を強要したり、弁護士ではないのだからアドバイスはするなと言われているのに勝手なアドバイスをしたり、酷い場合は自分のユーチューブのチャンネルの題材として難民申請者たちの動画を勝手に撮って配信するなどを目にし、溶け込めない。答えのない問題に悩みつつ、一人でも多くの人たちがアメリカの移民行政の想像を絶する不公正さに気づき、どんな形であれ移民や難民の支援をはじめるべきだ、と訴える著者はすごい。

はっきり言って知れば知るほど滅入るだけなのだけれど、知らないでいられない、大切な話が詰まった本だった。トランプの下品な差別発言(というか差別ツイート)と極端な政策で反発を呼んだ前政権から、いちおう人権や人種平等を説きつつトランプ政権の移民政策のほとんどを継続している現政権に変わったからといって、関心を失ってしまってはいけない。