Melissa Hope Ditmore著「Unbroken Chains: The Hidden Role of Human Trafficking in the American Economy」

Unbroken Chains

Melissa Hope Ditmore著「Unbroken Chains: The Hidden Role of Human Trafficking in the American Economy

性労働者や性的人身取引の被害者など性産業に従事する人たちについての研究や支援活動で知られる著者が、現代アメリカ経済のさまざまな分野における人身取引の現状とその対策について論じる本。

本書は人身取引が起きている業界ごとに五つのパートから成り立っている。パート1では「若い仲間と全国を旅行しながら稼げる」という募集広告で集められた人たちが各地を回りながら雑誌の定期購読やその他の商品を訪問販売させられる移動セールスの世界について。地元で仕事が見つからなかったり家庭で暴力やホモフォビアなどを経験していて家を出て自立したいと思っている若い人らがターゲットとなり、一週間単位で各地を転々。麻薬を与えられたりしていま自分がどの街にいるのかも分からないまま仕事をさせられ、訪問販売が規制されている地域では逮捕されることも。いくら働いても割高の生活費や滞在費などを給料から天引きされ、借金を背負わされ抜けられなくなるケースが多い。

パート2は農業における人身取引。黒人奴隷制やその廃止後に刑事司法を通して継続された黒人の強制労働・労働力搾取や移民を中心とした借金奴隷の仕組みなどは、現代でも形を変えて受刑者の労働刑や中南米系移住労働者の人身取引などの形で続いている。パート3では富裕層の家庭内に住み込みの家政婦として雇われた移民女性たちが雇い主によって騙されたり脅されたりして強制的に働かされる問題。ここにももちろん奴隷制において黒人女性が家政婦として働かされていた歴史や、ルーズヴェルト大統領のニューディール政策などによって成立した労働者保護の制度から(主に黒人の仕事とされてきた)農業と家政婦が適用外とされてきたという事実と繋がっている。

パート4は工業やインフラストラクチャーにおける人身取引。19世紀には黒人奴隷と中国人の移住労働者の搾取によって鉄道網などのインフラストラクチャー整備が行われたことから、2005年のハリケーン・カトリーナで壊滅的な被害を受けたニューオーリンズの瓦礫処理や危険な化学薬品の除去などのために労働ビザを持たない非正規移民の雇用を抑止する仕組みが一時的に停止されるなどして中南米移住労働者の人身取引が横行したケースなどが紹介される。

パート5は著者が専門とする性産業における人身取引について。もちろん性的人身取引は黒人奴隷制の一部だったし、19世紀末には中国人労働者の増加に対する反発から「中国人が白人女性を誘惑して引き込み強制的に売春させている」というデマが大々的に宣伝されてきたことなど、歴史的に性的人身取引に対するモラル・パニックが被害者の支援ではなく性規範や移民規制の引き締めと繋がってきたことを指摘する。こうした傾向は現在も続いており、性的人身取引の摘発を口実とした性労働者や非白人の移民女性、トランス女性らに対する迫害や排除が起きている。

アメリカでは2008年頃から人身取引といえば性的人身取引のことばかり話題とされ、なかでも幼い子どもが悪人によって連れ去られ毎日毎日無理やり売春させられている、というセンセーショナルな形で取り上げられることが多い。人身取引に反対する全国ネットワークのFreedom Networkや人身取引サバイバーの団体National Survivor Networkなどは人権とサバイバーの主体性の尊重を理念に掲げているものの、反性的人身取引を訴える多くの団体はもともと反ポルノ運動や反妊娠中絶に取り組んでいた宗教右派系の団体で、人権尊重や労働者の権利保護ではなく売買春撲滅が目的となってしまっている。そういうなか、人身取引の議論から性労働以外の強制労働や労働搾取への関心が省かれてしまうのが問題だと著者は指摘する。

それぞれの業界での現代アメリカにおける人身取引の実例をサバイバーの証言をもとに詳しく説明するとともに、奴隷制度や刑務所内の労働搾取など合法的とされてきた同様の問題との関連も論じ、人権ベースの対策の必要性を訴える本書は、センセーショナルなメディアイメージへの解毒剤となる。人身取引についてきちんと知りたい人は是非読んで。