Daniel Allen Cox著「I Felt the End Before It Came: Memoirs of a Queer Ex-Jehovah’s Witness」

I Felt the End Before It Came

Daniel Allen Cox著「I Felt the End Before It Came: Memoirs of a Queer Ex-Jehovah’s Witness

「エホバの証人」の家庭で育てられ、同性愛者であることが知られて教会から追いやられた宗教二世のカナダ人ゲイ男性作家の自叙伝。

誕生日やクリスマスを祝わない、国旗や国歌を崇拝しない、懲役拒否、輸血を認めない、戸別訪問や街角での会報配布活動で見かける、などで知られるエホバの証人だけれど、著者はその信者の一家で育ち、十三歳のときに洗礼を受けて入信、以降親とともに宣教活動に加わる。特殊な信仰のために信者のコミュニティの外とはあまり交流を持たず、教義で認められた枠内でほかの信者の子どもたちとバンドを組むなどしていた著者は、しかし次第に自分が教義で厳しく禁じられた同性愛者であることを自覚し、二時間かけてバスでモントリオールのゲイクラブに出入りするようになる。

十八歳のとき著者はそのことをどこからか知った教会の長老から問い詰められ、教義に従って悔い改めるか自主的に排斥を受け入れるか迫られる。前者の場合はコミュニティの中にいられるもののしばらく必要最低限の話以外の交流を絶たれ、後者を選ぶと排斥者として信者のコミュニティから完全に排除される。著者は後者を選び、自分の生活の全てを支えていたコミュニティから断絶されることに。ただし家族や親戚でも著者との交流を拒む人もいるなか、母親は十三歳で入信し十八歳で脱会したかれを「まだ子どもだから正しい判断ができないだけ」とかばい、即座に家から追い出されるということにはならなかった。その母親はのちに病気になり輸血を拒否して亡くなったが、それによって著者は教会によって家族を二度奪われた。

家を出て自立した著者は、英語教師としてポーランドに滞在してカトリックの信仰が強い同国でまた同性愛を隠すことになったり、また英語教育が言語だけでなく英米優越主義的な価値観を世界に布教する役割を果たしていることに気づき、エホバの証人を離れたのに今度は別の押しつけに加担しているのではないかと悩んだ。ニューヨークに引っ越すとゲイアーティストたちと出会い、小説家として何冊かの本を出版するとともに、ヌードモデルやセックスワーカーとして活動することで教会から脱会したあとも自分の中に残る終末への恐怖や性規範のしがらみから逃れようとしたり。当時はルーディ・ジュリアーニ市長がニューヨークの健全化を掲げポルノ書店やマッサージ店などを摘発、ゲイカルチャーやアーティスト、性労働者たちの排斥を強めていた時期で、著者はほかのゲイアーティストらとともにその最先端に立った。

エホバの証人はよくニュースになっているし、街角でも「ものみの塔」を配っているのをよく見かけるのでちょっと知っている気持ちになってしまっていたけど、宗教二世でなおかつ教義により自分の存在そのものを否定された立場から見た証言を読めてよかった。また本書では著者と同じようにエホバの証人信者の母親に育てられのちに脱会したマイケル・ジャクソン(姉のラトーヤと絶縁しろと教会に迫られて脱会を選んだ)や、音楽活動をはじめてから自分の意志で信者になったプリンスについて、かれらの作品と信仰の複雑な関係や教会内部からの批判などにも触れられている。