Alvin Hall著「Driving the Green Book: How Black Resistance Lit a Path Through Jim Crow and Beyond」

Driving the Green Book

Alvin Hall著「Driving the Green Book: How Black Resistance Lit a Path Through Jim Crow and Beyond

1960年代のアメリカ南部をめぐるロードツアーを題材とした2018年の映画「グリーンブック」のタイトルの元としても知られるようになった「黒人ドライバーのためのグリーン・ブック」で取りあげられた各地の歴史ある黒人ビジネスを訪れつつ、このガイドブックの歴史を振り返る本。

「グリーン・ブック」は1936年から1967年までのあいだ、郵便配達人の黒人男性ヴィクター・グリーンさんとその妻のアルマ・グリーンさんらによって発行された黒人向けのトラベルガイド。人種隔離時代の南部にフォーカスされていると思いきや、最初の版はグリーン夫妻の住むニューヨークシティのレストランなどについて紹介された数ページの薄いパンフレットで、当時人種隔離政策が残っていた南部から仕事を求めて北部に逃れてきた黒人たちが、北部に来れば平等だと思っていたけれど実際にはさまざまな場面で差別され、黒人が差別されない店のリストを必要としていたことが分かる。

版を重ねるごとにグリーン・ブックはページ数を増やし、対象を全国のホテルやレストラン、その他さまざまな店を掲載するとともに、それらの広告も入れるように。そうしたビジネスのほとんどは黒人が経営するもので、毎年発売されるグリーン・ブックは黒人が経営するビジネスの最大のデータベースでもある。そのページからは、厳しい差別の存在とともに、それに抵抗しつつ繁栄を手にした各地の黒人コミュニティ、多数の「リトル・ハーレム」の存在も浮かんでくる。

黒人旅行者たちは見知らぬ土地で宿泊できるホテルや食事できるレストランなどを見つけるのに苦労しただけでなく、ガソリンを売ってくれるガソリンスタンドすら見つからない地域もあった。そういうときのために黒人たちはできるだけ食事を持参し、余分のガソリンをケースに入れて運び、いざというとき道端で即席トイレを作るためのカーテンまで持ち運んだけれども、それには限りがある。黒人コミュニティでは誰の家にグリーン・ブックがあるかお互い知っていて、誰々の親戚が亡くなったので葬式のためにどこどこに行かなければいけない、となるとグリーン・ブックで予習するためにその家に集まったとか。

さらにおそろしいのが、各地に存在する「サンダウン・タウン」と呼ばれる街や地域。これらの街では日没以降に黒人がいるだけで犯罪とされたりリンチの対象となるのだけれど、どこがサンダウン・タウンなのかというのは近くに住んでいる人以外はよくわからない。しかもサンダウン・タウンは南部だけでなく、北部や中西部、西部などにも多数存在した(たとえば「慰安婦」碑問題で有名になったカリフォルニア州グレンデール市は2020年に同州の元サンダウン・タウンとして初めて公式に謝罪したことで話題となった)。「グリーン・ブック」ではどこがサンダウン・シティだという明記は避けつつ、どこなら安全に宿泊できるのかという情報を載せることで、サンダウン・シティを避けることを可能にした。

当時の黒人たちの旅行のほとんどが仕事や冠婚葬祭、親戚を訪れるためなどだが、一部の富裕層の黒人たちを歓迎する黒人向けリゾート地についての記述もおもしろい。北部を含む多くのリゾート施設が貧富を問わず黒人顧客を拒否するなか、豊かな黒人を対象としたリゾート開発を狙った黒人実業家たちはさすが。しかしそうした黒人向けリゾートは、人種隔離政策の終焉によりより資金力のある白人資本のリゾート業界によって潰されてしまう。黒人野球選手のジャッキー・ロビンソンが黒人向けのニグロリーグからメジャーリーグに移籍して活躍した一方でニグロリーグの球団で働いていた多数のスタッフやコーチらはメジャーリーグに採用されず職を失った、という話があるように、人種隔離政策が終わることによって黒人が経営する中小企業や白人資本との直接競争に晒され、多くが廃業に追い込まれていった。「グリーン・ブック」自体がその必要性を失ったのも、公民権運動がアメリカ社会を大きく変革した結果だった。

グリーン氏自身、早い時期から「グリーン・ブック」はできるだけ早く必要でなくなるのが望ましい、とグリーン・ブックに書いていた。黒人がどこにでも自由に旅行し、差別を受けない世の中になれば、グリーン・ブックなんて不要になる。と同時に、将来的に宇宙旅行が可能になったらわたしたちはグリーン・ブック宇宙旅行版を出します、とも書いていて、少なくとも人種隔離撤廃よりは宇宙旅行のほうが先に実現すると見積もっていた様子はある。教育や住居、職種などの面で人種隔離はいまも続いているし、フェイスブックの広告ターゲティングを利用して特定の人種向けに宣伝している、といった問題はあるけれども、少なくともビジネスが人種を理由に客を選り好みすることは全国どこでも違法となったし、おおっぴらには行われない。

と同時に、黒人が車を運転していると警察に頻繁に止められ、ちょっとしたトラブルで警察によって射殺される事件が後をたたないように、黒人にとって旅行することのリスクはいまだに不当に高いままであることも事実(Mia Bay著「Traveling Black: A Story of Race and Resistance」参照)。