Josh O’Kane著「Sideways: The City Google Couldn’t Buy」

Sideways

Josh O’Kane著「Sideways: The City Google Couldn’t Buy

グーグル(アルファベット)の子会社サイドウォークがカナダ・トロントのオンタリオ湖岸の港湾施設跡地に建設しようとしたスマートシティが市民の抵抗などにより頓挫に至るまでの話を書いた本。

グーグル創始者の一人ラリー・ペイジは大学時代、通っていたミシガン大学のある街アナーバーにモノレールの路線を張り巡らせ小さな二人乗りの箱で街中を行き来できる新たな交通網を発案しその実現を訴えたけれど、当然のことながら素人の突飛な発想は相手にされなかった。しかしかれはグーグルを設立し成功したあともこの案に愛着を持っているらしく、アナーバーやミシガン大学に呼ばれるたびに「あの案はどうなった」と聞いて回っているらしい。このことでペイジが得た教訓は、テクノロジーを利用することで都市はもっとスマートに、そしてエコになれるけれど、既得権益や政府の規制によってそれが阻まれている、というものだった。これはペイジだけでなく、イーロン・マスクやその他の多くのシリコンバレー成功者たちが共有する考えで、既存の国家の領海の外に人口的な島を作ったり月や火星をテラフォーミングするなどして移住することで政府の規制の及ばない場所に新たな国や街を作るという発想に投資が行われている(Michael J. Lee & R. Jarrod Atchison著「We Are Not One People: Secession and Separatism in American Politics Since 1776」にも書かれているように、この発想はリバタリアン的な分離独立主義に伝統的なもの)。

アルファベット子会社サイドウォークに経営者として呼ばれたダニエル・ドクトロフは、投資会社で働いたあと、2008年と2012年の二度にわたってニューヨークシティのオリンピック誘致運動を指揮し、その関係からブルームバーグ市長に誘われ副市長に就任した。最終的にオリンピック招致には失敗したけれども、そのなかでオリンピック会場とされる予定だった地域の再開発を進め、のちにその地域にはアマゾンの第2本社が誘致されるなど(地元市民の反対で撤回されたけど)再開発の目的は果たされ、ドクトロフは「負けたけれど勝った」と語った。ドクトロフのもと、サイドウォークはスマートシティ建設のためのブループリントを策定、そのなかでは同社が都市のインフラを根本から設計すれば、交通は自動運転のタクシーがいつでも使えるようになり渋滞や駐車場不足の問題は発生せず、住居は木造の高層アパートでセンサーを使って騒音や温度を完全にコントロール、ゴミはシューターに捨てれば分解して集積したうえで発電のための燃料になるなど、意欲的な計画が掲げられた。その案では街の発展計画は同社によって規定され、同社が税制や労働法規なども決め債権発行権も握るなど、政府の役割を一企業が担うようになっていた。そうすることで同社は建物やインフラの建設・設置や管理から自動運転タクシーやゴミ収集サービスの運営など街の中のあらゆる行動から利益をあげ、また市内に無数に設置されるセンサーからデータを収集してそれも収益化することを狙っていた。

いっぽうトロント市では、オンタリオ湖岸の港湾施設跡の再開発のために民間の提案を募集、ニューヨーク副市長として再開発に関わった経験のあるドクトロフの会社に注目し、契約を結んだ。この再開発の対象となっていたのはたった12エーカーの、東京ドームの敷地よりやや広い程度の土地。この規模でスマートシティを設立しようにもインフラ整備の元が取れるはずもないのだけれど、ドクトロフはその周辺にある500エーカーの市有地など将来的に再開発の対象となりそうな土地に注目、それらを組み入れることで実験的なスマートシティを建設し、そこで得たデータをもとに他の国や地域に同社のサービスを売り込む戦略を立てた。そうした野望を実現するためにはドクトロフは港湾委員会を説得すれば良いと思っていたのだけれど、実際には港湾委員会のほかにもトロント市、オンタリオ州、そしてカナダ連邦政府といった三段階の政府の承認が必要なばかりか、それぞれの政府のなかでもインフラと住居、交通機関などそれぞれ別の部署が担当していて、しかもそれらの既存の法律や規制によってサイドウォーク社の計画は進まない。

そういうなか、ニューヨークのアマゾンの第2本社誘致反対運動やサンフランシスコのグーグル社員用通勤バス反対運動などに刺激され、市民や専門家のあいだからも一企業が市民の生活を監視し収集したデータを所有することの危険性から反対論が噴出、サイドウォークとの契約はもとどおり12エーカーしか対象ではないことが明確にされるとともに、データ利用の条件やスマートシティのデータに基づいた利益の分配などにおいてサイドウォークは市民側への譲歩を強いられたあと、2020年の5月にコロナウイルス・パンデミックの発生を理由に同社はトロント市港湾跡再開発からの撤退を発表した。その後サイドウォークはセンサーを使った路上駐車場のパーキングメーターの効率化などごく限られたテクノロジーを売るだけの会社となり、2021年にドクトロフが病気により退任するとグーグル本体に吸収された。

東京ドームの広さしかない土地の再開発で契約しておきながらそれより何十倍も大きい土地の再開発も担当することを前提で計画を練っていたり、港湾委員会だけを説得すれば既存の法律や規制の制約を受けないと考えていたこと、市民からの反発を想定せず自分たちが掲げる理想の街のビジョンが誰からも賛同されると思い込んでいたことなど、シリコンバレーにありがちな傲慢さで突き進んだ連中が痛い目にあった話。でもあの連中が恐ろしいのは、普通なら経営者がこれだけバカげたことをやろうとしても営利企業である限り損失を垂れ流し続けることはできないはずなのに、グーグルをはじめとするシリコンバレーのトップ企業や投資家、そして次のグーグルやラリー・ペイジを目指すヴェンチャー企業群にはそれができてしまうこと。最近でもアホみたいな金額でツイッターを買収しておきながら買った途端にその価値をボロクソに毀損しまくってる金持ち、いるでしょ。コロナというアクシデントも関係したけど、市民によるテクノロジー企業の横暴への抵抗が成功した一つの例として伝えていくべき話。