Jonathan Rosenblum著「We’re Coming For You and Your Rotten System: How Socialists Beat Amazon and Upended Big-City Politics」
2014年から2023年までシアトル市議を務めた社会主義者クシャマ・サワントと彼女が率いる運動が、どのようにして最低賃金の引き上げや刑事司法改革、シアトル市に本社を置くアマゾンなどの大企業を対象とした新税の導入などを勝ち取ってきたか、サワント市議のスタッフをしていた労働活動家・ライターがまとめた本。
サワント氏が最初に注目を集めたのはシアトル近郊シータック市で法定最低賃金の引き上げが議論されたとき。シータックはその名のとおりシアトル・タコマ国際空港(通称シータック空港)周辺の小さな地域が街として独立したもので、アラスカ航空の本社があるほか航空業界や空港で働く人が多く、時給9ドルの州法低賃金を15ドルに引き上げようとする運動が勢いを得ていた。地元の活動家たちが空港の運営を支える低賃金労働者たちの困窮を指摘し、空港が地域にもたらしている繁栄の共有を訴えるなか、当時すでに社会主義者であることを公言してシアトル市議会に立候補していたサワント氏は階級闘争の論理を持ち込み、労働者が立ち上がり資本家たちが掠め取った富を奪い取ることを訴えて、慎重に社会的合意を形成しようとしていた地元の活動家から反発を浴びる一方、多くの労働者たちからは喝采を浴びた。シータックでの最低賃金引き上げ後、もともと泡沫候補だと思われていたサワント氏は勢いを得て、シアトルでも最低賃金の引き上げを実現することを掲げて当選した。
サワント氏が当選した当初は、いくら彼女でも実際に市議になればさすがに市議会内での多数派形成のためにほかの市議や産業界・労組などと協調するだろう、そうでなければ市議会でたった一人なんの成果も残せず次の選挙で落選するだろう、と思われていたが、彼女は市議会を政策を議論したり利害を調整して妥協を見出す場ではなく、一環して階級闘争の場として扱い続けた。9人いる市議のうち8人を占める民主党員たちは、最低賃金の引き上げには賛成だが急激に上げるのは影響が大きいので時間をかけて段階的に行おうとか、中小企業の負担にならないよう例外規定をもうけよう、としてサワント氏に譲歩を求めたが、彼女は例外なし・即時の最低賃金引き上げを要求し、妥協に応じようとはしない。もし市議会が最低賃金を引き上げないのであれば住民投票で実現させる、として支持者たちを焚き付けた結果、彼女の要求通りではないにせよ民主党市議たちが望んでいた落とし所よりははるかにサワント氏寄りの条例が市議会多数の賛成により成立した。
市議としての活動をあくまで運動の一部と位置づけ妥協のない要求を突きつけ、押せるところまで押して相手の譲歩を求めるサワント氏の行動は、アメリカの代表的な社会民主主義者の政治家であるバーニー・サンダース上院議員やAOCら「スクワッド」と呼ばれる民主党左派議員たちのそれとはまったく異なる。サンダースにせよAOCにせよ、アメリカの左派と呼ばれる議員たちは自らの勢力が議会内では少数派であることを理解したうえで、党内主流派からできるかぎりの譲歩を得るために落とし所を見い出し、歩み寄ろうとしてきたし、実際その方法で本来ならば党内保守派・中間派であるはずのバイデン大統領にここ70年で最も左派的な内政・社会政策を取らせることに成功してきた。それに対しサワント氏は、あくまで市民の多数派の支持は自分の側にある、仮にその時点で支持されていなくてもきちんと話をすれば人々は筋の通った自分の話についてくるという確信を持ち、熱狂的な支持者たちを率いて真っ向勝負を挑んできた。
そうしたサワント氏の戦法が通用したのは、もともとシアトルが政治的にリベラルな地域で、市民運動も活発であり、民主党主流派の政治家たちもそこそこ進歩的な主張をしていたという背景がある。もともと貧困対策や教育・福祉の拡充、労働者保護、人種差別的な取り締まりその他の警察の不祥事への対応などリベラルな主張を掲げて当選した民主党の市議たちは、ビジネスや労働組合を含む市内のさまざまな勢力に配慮を巡らせ利害を調整した、従来どおりのバランスの取れた政策を進めようとするが、あらゆる妥協を排したサワントによって守勢にまわされ、既得権益の擁護者というレッテルを貼られる。結果、サワント氏は普通に協議に応じていれば到底実現しなかったような譲歩を一方的に勝ち取ることに成功するが、市議会内では傍で見ていても呆れたほど孤立した。また彼女は市庁舎内に与えられた自分のオフィスに自身が所属する社会主義党派の活動家たちを昼夜を問わず招き入れ、政治運動の拠点として運用した。
労働者の代弁者として登場したサワント氏が民主党主流派と繋がった労働組合と対立するのは時間の問題だった。サワント氏は労働組合指導部が経営者との協調路線を取ることを批判し、時には工事現場などをまわって指導部の承認を得ずに現場の労働者が起こすいわゆる「山猫ストライキ」を扇動したりもした。また2020年にジョージ・フロイド氏殺害をきっかけにブラック・ライヴズ・マター運動が広がった際には、黒人に対する人種差別や警察による暴力について注力すべきだとする黒人活動家たちに対して人種差別と資本主義の結びつきを説き黒人によるアイデンティティ政治を批判した。民主党やリベラルと対立するだけでなく、労働運動やブラック・ライヴズ・マター運動への支持を表明しながらそれらの指導者たちを攻撃するサワント氏とその一派は、社会運動のなかでも孤立していく。それでも何度も地元の経済界や民主党主流派による刺客を差し向けられ、リコール選挙まで起こされても勝ち残ってきたサワント氏は強かったし、たった一人の市議が最低賃金引き上げやアマゾン課税だけでなくこれまでなら考えられなかったようなさまざまな政策を次々と市議会で実現してきたことにはリスペクトしかない。
サワント氏が市議を務めていた時期は、わたしがシアトルに引っ越して性暴力や性労働者の権利などの課題について市政に関わるようになってきた時期と一致しているが、彼女との直接のやり取りはほとんどない。それは、ほんの少しの関わっただけで彼女や彼女の支持者たちの「自分はいつも正しい、異論は認めない」という態度に気づき、彼女の党派以外の人が彼女にはたらきかけてもなんらかの影響を及ぼす見込みがないと思ったことが大きな理由だけど、まあはたらきかけなくても彼女はわたしが通したいような政策にははじめから賛成、少なくとも反対はしないだろうという考えもあった。下手に話をして彼女に変に敵対されたら面倒だし、逆に味方になったらなったで他の市議たちがサワント憎さで手を引いてしまいかねないので、放っておくのが最善。市議でありながらシアトル市民の声ではなく所属する党派の思想を優先し、スタッフもボランティアも党派メンバーで固め、一定の制約と引き換えに公的資金による選挙資金補助を受けられる制度に参加せず全国の党派支持者から無制限の献金を集めるなど、市議としての姿勢にも疑問を感じた。ちなみにサワント氏のオフィスで働いていた著者とも会ったことはあると思うんだけど、全然思い出せない。
ところでサワント氏は市議当時所属していた社会主義党派から離脱して自分の新たな党派を立ち上げ、来年の連邦下院議員選挙への立候補を表明している。その選挙区(わたしの選挙区でもある)の現職はアダム・スミス下院議員という経済学の父みたいな名前の民主党議員で、下院軍事委員会の元議長・現副議長としてイスラエルへの軍事支援をずっと推進してきた人。最近わたしが見に行ったイベントでは、サワント氏は自身がたった一人でシアトル市議会を大きく動かしたことを誇り、自分が下院議員に当選すれば連邦議会で同じことができる、だからアメリカの社会主義運動にとっていま最も重要なのは自分を当選させることだ、と言っていたけれど、これはさすがに誇大妄想が甚だしいとしか。そもそもシアトルの一部だけでなく保守的な郊外を含む選挙区で彼女が当選するのは無理すぎるし、万が一当選したとしても、シアトル市議会のように口先では一応進歩的なことを言って当選してきた人ばかりでなく本物の保守や極右の人も多く含む何百人もの議員のうちのたった一人がそんな影響力を持つこともありえない。
でもサワント氏がはじめて市議選に出たとき、わたしはシアトルのキャピトルヒル地区で行われたクィア・プライドのイベントで彼女をはじめて見かけたのだけれど、彼女が当選するとは当時まったく思えなかったし、その後の10年で彼女があれだけの成果を残すとは当時言われたとしても信じなかったと思うので、彼女が連邦議員になるところを見てみたいという気もする。シアトルやワシントン州にはプラミラ・ジャヤパル議員をはじめ応援している連邦議員も何人かいるけど、アダム・スミスは別にいらないし。