John J. Mearsheimer & Sebastian Rosato著「How States Think: The Rationality of Foreign Policy」

How States Think

John J. Mearsheimer & Sebastian Rosato著「How States Think: The Rationality of Foreign Policy

外交や軍事といったリスクが高く国家より高次の権力に解決を頼ることができない側面において、国家の行動ってなんだかんだ言ってもおおかた合理的なんだよ、という本。

ロシアのウクライナ侵攻や日本の真珠湾攻撃など「愚かで非合理的」だとされる行動について、それは本当に非合理的なのか、というのが本書の出発点。しかしそもそも国家の行動が合理的だということはどういう意味なのか、という部分から議論ははじまる。

経済学における主流な主張である合理選択理論においては、政治的アクター(この場合は国)にとって合理的な選択とは国益を最大化するものだ。もちろん事前にどの選択を取れば国益が最大化できるのか分かるわけではないけれど、ある行動によって特定の結果が起きる可能性とその結果による利得をかけあわせたものがその行動の期待値となり、さまざまな行動の期待値を算出したうえでそのうち最大になるものを選択することが国家にとって合理的な行動となる。いっぽう行動経済学や心理政治学においては、個人と同じように国家もさまざまなヒューリスティックやバイアスによって必ずしも合理的な選択を取ることができないとされる。

著者らはこうした合理性の定義はそもそも計算可能なリスクではなく計算不可能な不確実性が大きな影響を持つ外交や軍事の場面においては不適切であるとし、別の定義を提案する。それは、国家の行動は、それが一定の信憑性のある国際政治理論に基づいており、指導層のあいだで熟議を経て採用されたものであれば合理的だとするもの。合理選択理論が想定する国家がホモ・エコノミクス(経済人)によって運営されているとするならば、著者らが主張するのはホモ・セオレティクス(理論人)による国家だ。

たとえばロシアのウクライナ侵攻はプーチンが独裁的権力によって強引に行ったわけではなく、西側によるNATO拡大がロシアの長期的生存を脅かすという理論的理解のもとに政権内の一致を得て行われたもので、そもそも当初はアメリカ政府ですらロシアは数日のうちにウクライナ全土を支配下に置くと考えていたくらいに成功の見込みが十分あったものだ。また日本の真珠湾攻撃も、戦争が長引けばアメリカに勝てるはずがないことは承知のうえで、アメリカによる経済的な締め付けが強化されるなか時間が経てばたつほど不利になるという判断のもと、初戦の電撃的な勝利により講和に持ち込めば自国に有利になるという目論見があった。これらの行動は結果的に失敗したとはいえ、国際政治がどう動いているか、どう動くかというそれなりに説得力のある理論のもと、指導者たちが熟議を通して決断したもので、したがって合理的だった、というのが著者らの考えだ。

もちろん歴史上には、国家が非合理的な行動をした例も多数ある。それらは、楽観論に頼って国際政治理論の裏付けを持たなかったりそれらに反した行動を取ったり(イギリスによるナチスドイツの懐柔やアメリカによるキューバのピッグス湾侵攻など)、あるいは政府の一部が情報を秘匿・捏造したり反対者を粛清した結果熟議が行われなかったパターン(アメリカのイラク侵攻など)。これらは結果的に失敗したというだけでなく、その決定プロセスにおいて既に問題が生じていた。もちろん、非合理的な行動を取ったにも関わらず成功した例もある。

アメリカは近年、アルカイダやイスラム国、タリバン、北朝鮮、ヴェネズエラ、ロシアなど対立相手を「非合理的」と決めつけることが多い。もし中国が台湾に対する実力行使に出たら、その時も中国に対して同じように決めつけるだろう。しかし敵対勢力は非合理的だと決めつけることは、かれらがどのような合理性を持って敵対的な行動を取ったのか、あるいは今後取る可能性があるのか考えることを遠ざけてしまう。あとづけ感は多少あるものの(ラボで実験できない国際政治では仕方がない)、多数の実例をもとに国家の合理性とは何なのか論じた興味深い内容。