Carrie Sun著「Private Equity: A Memoir」

Private Equity

Carrie Sun著「Private Equity: A Memoir

フォーブス誌の試算では1.2兆円を超える資産を持つとされる超大物ヘッジファンド・マネージャのアシスタントとして働いていた著者が、ファイナンス業界の有害なカルチャーを告発する本。いちおう本書のなかでは登場人物やファンドは偽名が使われているが、著者がタイガー・グローバル・マネージメント創始者のチェイス・コールマンの元で働いていたことが報道により明らかにされている。

著者の両親は中国出身で、文化大革命が終わり大学が再開された年に入学し出会った。父親が家族を中国に残したままアメリカの大学に在籍している時に天安門事件が起き、アメリカが中国人学生を対象とした救済策を取った恩恵を受けて家族でアメリカに移住、例に漏れず教育熱心な両親のもと、著者はMITを三年で卒業しファイナンス業界に身を投じる。ひょんなことからヘッジファンド・マネージャのアシスタントとして採用され、何十万円もするバッグをポンとプレゼントしてもらったり好待遇ではあったものの、休みのときでも上司のメッセージに反応し(2010年代中盤にもなって社内ではAOLのメッセンジャーが使われていたらしい)、大量の資料をほんの十分程度でまとめるよう求められるなど、毎日24時間を仕事に捧げる日々。

遊園地を借り切って従業員の家族を接待する日を設けるなど上司の思いつきで経費を大胆に使う一方で、仕事量に見合う昇給やアシスタントを増やすような要求は拒絶され、ストレスから集中力を欠いて怪我をしたり摂食障害を発症したりする。ストレス過多を上司にうったえても、じゃあ今日の午後は安めと言われ、勝手にスパの予約を入れられたりするものの、仕事量はそのままなのでなんの解決にもならない。ついに辞職を決意し上司に伝えたときの反応は典型的なガスライティングそのもので、学生時代のトラウマを思い起こすほどの衝撃を受けた。

本書は上司のことをことさら悪くは描写しておらず、むしろ大金持ちのなかでは人間らしい(部下に対して求める労働量以外は)常識的な人物として描かれている。著者が告発しているのはかれ個人ではなく、かれのような存在を許している業界のあり方だからだ。上司よりも著者を支配しようとしてストーカーみたいになる元フィアンセのほうがずっと悪役っぽいけど、両親がかれの肩を持ったりするあたりもリアル。中国で文化大革命を経験した両親のトラウマも分かるし、フィアンセも反省してやり直そうとするなど(信用できないけど)、著者がいろいろなことを考えながら自分の人生を取り戻そうとする自叙伝としてもおもしろい。

学生のころからファイナンスに興味を持った著者は、いつか投資を成功させる秘訣を明らかにしようと思っていたが、実際にその中枢で理解したのは、大金持ちの投資家が成功するのは大金持ちだから、という身も蓋もない話。資金に余裕があれば不況も乗り越えられるし、むしろ底値をついた資産を買い漁って将来の儲けにすることもできる。タイガー・グローバル自体がフェイスブックやスポティファイに早い段階で投資して大儲けしたように、ベンチャーに早い時点で投資する機会を得ることもできる。中枢を経験しなくてもそれくらいわかるだろとは思うんだけど、まあそりゃそうだ。