Lars Horn著「Voice of the Fish: A Lyric Essay」

Voice of the Fish

Lars Horn著「Voice of the Fish: A Lyric Essay

トランスマスキュリンなクィアの著者によるエッセイ集。全体を水や水棲動物のテーマで繋げつつ、著者の個人史やアーティストの母との関係、ジェンダー、障害、ロシアやロシアに蹂躙されたチェチェンやジョージアへの旅などの話を、歴史や神話、世界中から集めた博学的な知識とも絡めた実験的な構成。

クィアな著者が自らを水棲動物に重ねる点はSabrina Imbler著「How Far the Light Reaches: A Life in Ten Sea Creatures」と共通だけれど、誰にもお勧めできる読みやすい「How Far〜」と比べて本書は情報量やその構成から読む側に労力を強いる。しかしその労力に見合った没入感と満足感はある。

既にほかの媒体で発表されてきた一部のエッセイ、とくにアーティストとして死をテーマとした写真の被写体として娘(当時)を死んだイカが冷たい水に浸かったバスタブに入れたり検死台の上にシーツをかけて乗せたり型を取るために全身をプラスターで覆ったり、しまいには交通事故にあい救助される娘にカメラを向けて「目を閉じてもっと死んだみたいに!」と指示を出したキャラの立った母親についてのエッセイは最高。

ほかにも大怪我を負い一時期本を読んだり声を発することもできず毎日寝込んでいた時期の話や、水と触れ合うことでその精神的な後遺症から快復した話、クィアであることを隠してロシアを旅した話など、水と自分の身体の境界線を漂う一貫したテーマのなかに、思いがけないバリエーションが次々と飛び出してくる。本全体に分割して掲載されている、水と水棲動物についてのトリビアと個人的な経験を混ぜ合わせた散文的なエッセイも来ては返す波のよう。