Kate Abramson著「On Gaslighting」

On Gaslighting

Kate Abramson著「On Gaslighting

対象に自分の正気を疑うように仕向ける心理的虐待を指す「ガスライティング」という概念について、近似の概念との対比を通してその特徴を明らかにしようとする哲学の本。

映画「ガス燈」に登場するエピソードから取られた「ガスライティング」という言葉は1970年代から使われていたものの、アメリカ社会で広く一般に認知されるようになったのはここ10年以内のこと。日本語でも「ガスライティング」で検索すると解説しているページがいくつも見つかるように世界的に広まりつつある。しかし用語が広まるとともに、誤用されたり意味がずらされたりして元の概念とは異なる対象に対して使われることも増えてきており、ガスライティングという概念の有用性を維持するためにより厳密に定義し直そうというのが本書。

著者によればガスライティングがその他のマニピュレーションや攻撃と異なるのは、相手に自身の判断能力を疑わせ、加害者が押し付ける認識に同調させることだ。被害者を嫌々従わせるような行為や被害者にとって不利なことを第三者に対して信じさせる行為と異なり、被害者当人の認識を捻じ曲げ独自の判断を不可能にする。ガスライティングは必ずしも人種差別や性差別などを伴わないものの、社会的な差別の存在は当人の判断に疑いを持たせる土台となるため、ガスライティングが人種差別や性差別と重なることは多い。しかしあくまでガスライティングは個人間における道徳的不正義として位置づけられるべきであり、社会的不公正の存在がその道具となることはあっても、被害者に自己懐疑を抱かせる社会的不公正の存在を「構造的なガスライティング」と見なすことには著者は反対の立場。わたし的には納得いっていないけど。