Cara Page & Erica Woodland編著「Healing Justice Lineages: Dreaming at the Crossroads of Liberation, Collective Care, and Safety」

Healing Justice Lineages

Cara Page & Erica Woodland編著「Healing Justice Lineages: Dreaming at the Crossroads of Liberation, Collective Care, and Safety

長年さまざまな運動に関わってきたベテラン黒人クィア活動家二人が非白人や先住民、クィア&トランスコミュニティなどに受け継がれてきた「ヒーリング・ジャスティス」の系譜をたどり、その現在を紹介する本。半分くらいが二人による文章で、残りはほかの活動家たちによる寄稿から成り立っている。

ヒーリング・ジャスティスという言葉は2000年代中盤からわたしの周辺を含む非白人や先住民の女性やクィア&トランス活動家たちのあいだで広まってきた言葉で、ここ十年で目にすることが増えたけれども、同時に根本的なところでその意義を共有しない人たちによる誤用や盗用も増えてきたので、ちょうど歴史の記録と丁寧な整理が必要となってきた段階。わたし自身、いまではそうでもないんだけれど以前はヒーリング(癒やし)という言葉に拒否感を感じていたのでちょっと避けていた側面があるのだけれど、わたしの知り合いが何人も寄稿していたり言及されていたりする。

ヒーリング・ジャスティスとはなにか。それは、社会のなかでさまざまな抑圧や暴力を受けている集団がそれへの抵抗をするなかで、ただ自由や権利を求めて闘うだけでなく、自分たちのコミュニティが必要とするケアを自ら提供し支えあい、またそうすることで闘いを続けるためのエネルギーを補給する営みのこと。ヒーリング・ジャスティスの実践者たちは、そうした営みを奴隷制や入植植民地主義、人種差別的な移民規制などへの抵抗の歴史から見出し、それを受け継ぎ発展していこうとする。つまりヒーリング・ジャスティスは、自由や権利を求める運動と切り離せない関係にあるという点で、社会的権力や権威、規範、私的な利益の追求と結びついた医療産業複合体とは、同じ「癒やし」を掲げていながら正反対の政治的指向性を持つ。

本書では序盤、奴隷制から逃亡したのちほかの奴隷たちの逃亡を支援する「地下鉄道」を組織し、また南北戦争中にはコンバヒー・リバーの急襲で黒人兵団を指揮して多数の黒人奴隷たちを解放した黒人女性ハリエット・タブマンがのちに年老いた元奴隷たちの住居や生活を支援する施設を作ったことに触れ、また刑務所に囚われたトランスジェンダーの人たちを支援し出所後のかれらを支援した黒人トランス女性活動家のミス・メジャー・グリフィン・グレイシーさんや、タブマンにインスパイアされた黒人クィア女性フェミニストの集団コンバヒー・リバー・コレクティヴの創始者の一人であるバーバラ・スミスさんなど存命中のレジェンドを紹介し、コミュニティメンバーへのケアがマイノリティによる革命的な運動に不可欠だったことを指摘する。

同様にコミュニティへのケアと政治的抵抗を同時に行っていた運動には、「革命が起きるまでの生存 (survival pending revolution)」を掲げて子どもたちに無償の朝食を提供したり無償の医療クリニックを開設したブラック・パンサー党、行政に見放されていた地域でクリニックを占拠してコミュニティに必要な医療を提供したヤング・ローズ、米国政府に条約の遵守を求めて有名なアルカトラス島占拠を行ったアメリカン・インディアン運動や野放しにされている先住民女性に対する暴力に取り組んだ「すべての赤い国の女たち」など多数の実例があり、またそれらの伝統はコロナウイルス・パンデミック下におけるミューチュアル・エイドの取り組みに見られるように、現在に至るまでさまざまな形で繰り広げられている。本書はそうした多数の取り組みの歴史と現在についてそれぞれのコミュニティや地方ごとにまとめてあり、満腹感がある。これだけたくさんの話題をまとめられる編著者たちはさすが。

終盤では、先住民が儀式的に使ってきた植物由来の麻薬物質が文化的簒奪の対象となったり、癒やしの手段の政府の規制を経た医療産業複合体による収益化、あるいいは過酷な労働環境に適合するための個人に向けたセルフケアの手段として売られることなど、ヒーリング・ジャスティスがその政治的文脈から切り離され既存の権力構造や市場経済に組み込まれることの危険性を指摘。とくに、トラウマの概念や幼少期に経験したトラウマ(adverse childhood experience: 逆境的小児期体験)についての研究がそうしたトラウマを生み出す根本的な原因の解消に向かうのではなく、さまざまな問題に苦しむ個人を診断し、危険要因としてアルゴリズム的権力による監視や差別的な扱いの対象とする方向にはたらく危険についての指摘は重要。

Dean Spade著「Mutual Aid: Building Solidarity During This Crisis (and the Next)」でもコミュニティのなかでお互いに支え合うミューチュアル・エイドの取り組みが福祉制度的な価値観に飲み込まれる危険が警告されていたが、ヒーリング・ジャスティスの系譜をおさえたうえで社会運動のなかでのミューチュアル・エイドの意義を問い直すことでさらにシャープな議論ができそう。あらゆる社会運動に関わる人に読んでほしい本。