David Farber編著「The War on Drugs: A History」

The War on Drugs

David Farber編著「The War on Drugs: A History

ニクソン大統領が宣言していらいアメリカ政府が続けてきた「麻薬との戦争」の失敗およびそれがもたらした膨大な社会的損失がようやく政治的コンセンサスとなりつつあるなか、米国内だけでなく国際的な影響も含めてその歴史と現在を専門家たちが記した論集。「麻薬との戦争」は実際の麻薬の密輸や使用に歯止めをかけることに完全に失敗したばかりか、刑務所人口を急増させ財政を破綻させると同時に警察の暴力を悪化させ人種間格差を拡大するなど、アメリカ社会に多大なダメージを与えているが、この本ではそういった面に加えて文化や国際政治への影響、合法な製薬産業の規制との関連など広く扱っている。面白みのないタイトルだけれど、このトピックに関して多少は知っているつもりだった自分にとっても学ぶことが多くとても興味深かった。

本は編著者が2章を担当したほかは別の著者による全11章からなるが、議論は多岐にわたる。たとえば大麻合法論やLSDなどサイケデリックの精神医療的用法をめぐる議論、そして製薬業界がどのようにしてオピオイド鎮痛剤の売上を拡大したかなどにおいては、合法的な「良い薬」と違法とされる「麻薬」の境界をめぐるせめぎ合いがネオリベラルな政治的論理の産物であることが示されるほか、政治によって悪魔化される「麻薬の売人」がどうして一部のコミュニティでは尊敬されるのか、アメリカ政府によるヨーロッパからの「白いヘロイン」とメキシコからの「茶色いヘロイン」の人種的偏見を元にした扱いの違い、「麻薬との戦争」を通した米国の国際(軍事)援助の組み換えがメキシコやアフガニスタンやペルーなどの国のどのような政治的論理と結びついたのか、など。「麻薬との戦争」により麻薬密造・密売のリスクが高まると、同時にそこから得られる利益も増えるためインセンティヴは減らない、という経済的メカニズムが覆されない以上、国際的な「麻薬との戦争」はアメリカからの軍事援助による各国政府の権力強化と麻薬産業からの利益の分配による腐敗を促進こそすれ、麻薬の流通を減らすことにはならない。

製薬産業の規制についての章では、依存性がある薬を警察による取り締まりの対象とするのではなく消費者保護の制度を通して規制しようとした過去の試み(レーガン革命により消費者保護規制は撤廃されてしまった)や、大麻による子どもへの悪影響を心配する親たちの運動に対して「子どもたちを守るためにこそ合法化が必要」として歩み寄った大麻合法化活動家の例などを通して、「戦争」によらない薬物政策の可能性が語られる。しかしそうした政策が国内的な問題を解決したとしても、国際的にどういう影響をもたらすかは未知数。わたし自身、国内の刑事司法制度改革の一部としての薬物政策改革に関わっているけれど、国際的な影響にも目を向けなければいけないと思った。