Timothy Shenk著「Left Adrift: What Happened to Liberal Politics」

Left Adrift

Timothy Shenk著「Left Adrift: What Happened to Liberal Politics

世界中で進む政治的分断と労働者階級の左派政党離れの背景を、アメリカ・イギリス・イスラエル・南アフリカの四カ国を例に取り、二人のアメリカ人政治コンサルタントの活動を追うことで説明しようとする本。著者は歴史学者で「Realigners: Partisan Hacks, Political Visionaries, and the Struggle to Rule American Democracy」の著者でもある。

本書の主役となるのはStan GreenbergとDoug Schoenという二人のライバル政治コンサルタント。ほとんどの人にとっては誰やねんって話になるけれど、アメリカのビル・クリントン大統領やイギリスのトニー・ブレア首相による「第三の道」路線を推し進めたほか、パレスチナとの和解を目指したイスラエルのエフード・バラック首相やアパルトヘイト後の南アフリカで国民和解を進めたネルソン・マンデラ大統領らにもアドバイスした人たち。つまるところ各国の現在の政治状況を生み出した大戦犯。

「第三の道」以降の世界では、かつては左派政党であったアメリカ民主党やイギリス労働党などがレーガン・サッチャー路線に対抗するために自由貿易・規制緩和に傾き、労働者階級に見放された一方、環境保護や人権問題などにおいて比較的収入の高い知識層のあいだで支持を増やした。また同時に、右派政党は人々のあいだで広がるグローバリズムに対する不安を汲み上げ(しかし実際にはグローバル企業の利益を優先していたけれど)、ナショナリズムや文化的対立を煽ることで労働者階級の取りこみに成功した。

しかし著者は、左派政党による労働者階級切り捨ては政治コンサルタントが意図したものではなく、労働者階級を味方につけたまま時代に即した変化をもたらそうとしたところ、それに大きく失敗してしまった結果だという。その大きな要因は、かれらが大手メディアや専門家ら知識層からの評価を鵜呑みにしてしまい、2016年のブレグジットとトランプ当選という大きなイベントが起きるまで労働者階級のあいだに広がる反発に無頓着だったことだ。

また、かれら政治コンサルタントの登場により、データを駆使して次の選挙でギリギリ過半数の票を確保するだけのテクニカルな選挙戦術が一般化したことで、大きな政治的な流れや構図から目を逸らしてしまったことも大きな要因だ。そうした戦術を取る限り、長期的な視野に立って社会の方向性を指し示すことがなくなるが、それは既存のエリートや権力者にとっては都合が良い一方、不満を抱えている人たちに希望を与えることができなくなってしまった。

著者は結論として、中道左派が政権を取るには経済的に不安を抱えている人々の生活を改善するというまっとうな目的を掲げるべきだ、そして犯罪や移民問題など社会的な問題において労働者階級に受け入れられないあまり過激な主張を避けゆるやかな変革を目指すべきだ、と言っていて、まあ選挙で勝つとしたらそうなんだろうなとは思うのだけれど、実のところHunter Walker & Luppe B. Luppen著「The Truce: Progressives, Centrists, and the Future of the Democratic Party」にも書かれているように、バイデン政権になってからのアメリカ民主党はもうとっくにそれをやってるんだよね… もしそれで勝てるというならとっくにハリスはトランプを圧倒しているはずなんだけど、分断が進みすぎてどうしようもないところに来ているわけで、いまさら言われてもという気が。イスラエルなど一部の他国に比べればアメリカの民主主義は実はそれほど壊れていない、と著者は言うのだけど。