Tiffany Yu著「The Anti-Ableist Manifesto: Smashing Stereotypes, Forging Change, and Building a Disability-Inclusive World」
障害者の社会参加を後押しするコンサルティング・研修業者を運営している著者による、障害者差別と対決するためのガイド。
著者は台湾人移民とヴェトナム人難民の両親を持つアジア系アメリカ人で、9歳のとき自動車事故で父親を亡くすとともに、利き手の自由を失う傷害を負った。またそのときに負った精神的トラウマがのちにPTSDの症状を伴って大きくのしかかってくる。その一方、ジョージタウン大学を卒業し投資銀行のゴールドマン・サックスに就職するなどキャリアは順調で、社内で傷害のある従業員のグループを設立したことなどをきっかけに障害者の権利についての活動をはじめる。
本書は職場やその他の場面において障害者に対する不当な差別をなくすために必要なポイントが一つ一つは短い章にわかりやすくまとめてあり、入門書としてはよくできている。しかし引用されているソースのほとんどが他のDEI(多様性、公平性、包括性)コンサルタントたちで、実際に障害者差別に対して戦ってきた活動家やその他の専門家からの引用が比較的少ないことが気になるし、扱いが表面的に感じる部分も多い。たとえば現在、著者は2028年に予定されているロサンゼルス・オリンピック&パラリンピック実行委員会のなかで障害者の包括についての取り組みに関わっているそうだけれど、オリンピック&パラリンピックのあり方や会場となる地元の社会的弱者への影響については一切関心が向けられていない。ところどころ資本主義は生産性主義でダメだ、みたいな表面的なことは書いているのに、オリンピックに疑問を抱かないの?
著者はIbram X. Kendiの人種差別についての議論を引用し、「障害者差別をしない」だけでは不十分であり、わたしたちは「障害者差別に反対する」必要がある、と訴えるが、DEI専門家として活躍している人がごく最近になって2020年にベストセラーになったKendiの本でそうした考えを学んだというのはある意味衝撃的。もっと普通に、運動やコミュニティの中でそういうことを学ぶ機会がなかったんだろうかって思うけど、まあ悪いことではない。ただ、もし本書が売れて、本書に書かれている障害者差別についてのさまざまな考え方のソースが本書になったらそれはそれでイヤだな、と思ってしまう。