Karine Jean-Pierre著「Independent: A Look Inside a Broken White House, Outside the Party Lines」

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Karine Jean-Pierre著「Independent: A Look Inside a Broken White House, Outside the Party Lines

バイデン政権においてホワイトハウス主席報道官の地位を前任者のジェン・サキから引き継いだ著者が、その経験とともにトランプへの政権移行後に民主党を離党し無所属になった理由を説明する本。

著者はマルティニーク出身のハイチ系移民で、リベラル系政治団体MoveOnやオバマ陣営の選挙事務所や政権で働いたのち、サキの次官としてホワイトハウス入り。サキの自認とともに黒人およびLGBTを公言している人としてはじめてホワイトハウス報道官に就任。トランプとの公開討論会でうまく発言できなかったことからバイデン再戦の可能性が危ぶまれ、現職大統領に立候補を辞退するよう求める党内外の声が高まり、そしてバイデンの辞退とハリスの立候補に騒然とするなか、記者たちからの追求を捌き切った。

ニューヨーク・タイムズ記者によるホワイトハウスの暴露本Jonathan Martin & Alexander Burns著「This Will Not Pass: Trump, Biden, and the Battle for America’s Future」では、著者と同じカリブ海系の黒人女性であるカマラ・ハリス副大統領と著者とのあいだの確執について書かれていたが、著者はそれを否定。彼女のことを良く思わないホワイトハウス内の同僚があることないことリークしたのに記者たちが飛びついただけだ、と主張しているけど、どちらの言い分が正しいのか部外者には分からない。でも著者とハリスは良好な関係でいてほしいと個人的には期待したい。

もう一つメディアで議論が分かれている話が、バイデンは高齢により認知能力が低下していたのかどうかという問題。最近出版されたある本ではバイデンは到底二期目を全うできるような状態になく、トランプの復活を恐れる側近たちがそれをひた隠しにしていた、そのせいでバイデンの立候補辞退が遅れ、十分な党内合意を築き上げることなく十分な準備のないハリスを出馬させ落選させてしまった、という内容が書かれていた(らしい、わたしは読んでない)けど、著者はそれを否定する。確かにかつてほどエネルギーはないしディベートに答えるのも遅くなったけど、それでも頭の中はシャープで続投に問題はなかった、討論会の日は少し風邪を引いていて万全ではなかった、と説明。にもかかわらず、ナンシー・ペロシ議員ら議会民主党の有力者たちが寄って集ってバイデン降ろしに動いた、あれだけ生涯を民主党とアメリカ国民のために捧げた人を引きずり下ろした党に不審を覚えた、と著者は言う。

とはいえ立候補を辞退したバイデンが後継者として指名したのは黒人女性のハリス副大統領。ケタンジ・ブラウン・ジャクソン氏を黒人女性として史上初の最高裁判事に指名したバイデンがこんどは黒人女性として初の主要政党による大統領候補指名を後押ししたとして、あらためてバイデンの功績を実感し、ハリスに期待を寄せた。とはいえ著者はホワイトハウス主席報道官という党派政治から距離を取らなくてはいけない政府職員だったので、記者団からどれだけハリスの選挙運動に聞かれても直接答えることはできず、それは答えられませんと説明すると主席報道官なのに逃げるのかと非難されたり。まともな記者なら彼女が答えられないことくらい分かってるけど、FOX Newsやそれよりもっと酷い連中も入り込んでるし。

このように主席報道官時代の著者の怒りは、おもにホワイトハウスや民主党内の勢力争いのためにメディアにおかしな情報をリークして仲間の足を引っ張る同僚や民主党の政治家たちと、ろくに調べもせずにそれに乗っかって騒ぐメディアに向けられている。しかし黒人女性として初めて主要政党による指名を受けた大統領候補であるハリスが落選すると、大統領選挙のたびに民主党候補を当選させるために必死に動き、90%を大きく超える割合で民主党の候補に投票してきた黒人女性たちが、民主党の指導部や白人支持者たちから裏切られたと感じる。黒人女性はいつでも民主党を下から支えてきた、けれど民主党はそれを当然のこととして受け止めてしまい、せっかくその黒人女性のなかでも最も大統領にふさわしい人のうちの一人が大統領になる直前にまで来たのに、みすみすレイシストで犯罪者の元大統領の復活を許してしまう。このまま民主党に無条件でついて行っても黒人女性の貢献が認められることはないし、奉仕すればするほど便利に使われるだけ。

このように著者が民主党を離党し無所属になったのは、政治的に民主党と共和党の中間になったからではないし、どちらの党も同じだけダメだと思ったわけでもない。また大統領選挙などたった一人の当選者を選ぶ選挙において、当選の見込みがない第三政党や無所属の候補に投票することは、より悪い候補の当選を後押ししてしまう可能性が高いので(2000年のラルフ・ネイダー、2016年のジル・スタインなど)、民主党の候補に投票するなということでもない。そうでなく、これまで以上に民主党にモノを言うために、そしていつでも無条件で奉仕してくれる便利な存在として軽んじられないように、自分は無所属になったのだと言う。

トランプ政権による民主主義の破壊が予想以上のスピードで進むいま、二大政党の中間の立場に立つのも(クシャマ・サワント元シアトル市議のように)「どっちもどっち」と言い募るのもありえない。わたしもメディアで騒がれる著者の悪口をいろいろ見聞きして多少は悪い印象を抱いてしまっていたのだけれど(でもきちんと思い出してみたら、著者の実際の言動に対する悪口ですらなく、「ホワイトハウス内で嫌われている」というようなゴシップがほとんどだった)、著者がネガティヴな意味ではなく共和党の横暴により効果的に対抗するため、そして民主党を戦える政党に作り直すためにあえて無所属になった、という著者の立場は納得がいくものだった。