Raj M. Shah & Christopher Kirchhoff著「Unit X: How the Pentagon and Silicon Valley Are Transforming the Future of War」
1990年代以降、技術の進歩から取り残されていた米軍がシリコンバレーの技術だけでなくスピードや手法を取り入れて自らを刷新してきた近年の動きを、国防省内でその中心的な役割を果たした著者たちが明らかにする本。
もともと国防省では少数の大手軍需企業との長期的契約に基づいて軍事用テクノロジーを買い付けていて、それらは米軍以外の買い手がないために市場競争が起こりにくく、また契約を結ぶだけで一年以上かかり、そこから納入・導入まで数年から十数年かかるのも普通だった。そうするうちに民間の技術はものすごいスピードで変化をしており、十年前の契約で生産された技術が実用化されるころにはとっくに時代遅れになっていることも。だから軍人たちは米軍の旧世代の技術に頼らずに、市販の電子機器を買ってきて仕事で使ったりしたが、その中には中国製の民間用ドローンなど使用することで米軍部隊の位置や作戦が敵対勢力に漏れるおそれがあるものもあった。
それに対しシリコンバレーでは、経営者たちは四半期単位で利益を上げることを投資家に求められており、何年も先に利益をもたらす契約は煙たがられたし、あらかじめ完成形を決めたうえで開発する米軍のモデルに対して、実用最小限の製品をとりあえず開発して顧客のフィードバックを通してさらなる展開を決めていくモデルが取られているなど、技術開発のスケジュールや思想が全く異なっていた。またドローンで撮影した画像を人工知能で処理する国防省のプロジェクトに参加していたグーグルの社員たちが反発するなど、シリコンバレーの技術者たちの一部は軍用技術の開発に関わることを拒否した。
そういう逆境のなか、著者たちは国防省の中でシリコンバレーのスピードと論理で新たな技術を導入できるようにする部署を立ち上げ、既存の大手軍需産業と結びついた政府内の抵抗勢力に妨害されながらも、シリコンバレーとの協力関係を築いていく。そのとっかかりとなったのはやはりイーロン・マスクのスペースXやピーター・ティールのパランティアなどロクでもない起業家・投資家たちが政府の資金に集ってきたことだけれど、ロシアのウクライナ侵攻以降はウクライナの技術者たちが自国を守るためにロシアとの電脳戦に身を投じているのを見たアメリカの技術者たちも大手を振って米軍や国防省に協力するように。
著者たちはグーグルの社員たちが反対したプロジェクト・メイヴンをはじめ、米軍が必要としているのは人を殺すための技術ではなく自国や同盟国の民間人や兵士の命を守るための技術だから平和のために必要だと言うけれど、米軍が世界各地でこれまでなにをやってきたか、いまもやっているか思い出せば、さすがに説得力はないでしょそれは。中国やロシアに技術で負けるわけにはいかない、というのは分かるような気もするけど、だからアメリカが勝ったら良いとも思えないし、米中あるいは米中露でバランスを取って世界を切り分けるみたいなのもイヤ。じゃあどうしろと言われると困るのだけれど、誰が開発したどういう技術にどれだけお金が出ているのか、それがどこでどう利用されているかなど、情報公開くらいはきっちりやって政治やメディアによる監視に晒してくれないと、中国やロシアに覇権を取られるよりはマシという言い分すら怪しくなってくる。