Phil Elwood著「All The Worst Humans: How I Made News for Dictators, Tycoons and Politicians」

All The Worst Humans

Phil Elwood著「All The Worst Humans: How I Made News for Dictators, Tycoons and Politicians

ワシントンDCで外国政府などを顧客として長年広報宣伝工作を行ってきた結果、2016年の大統領選挙でトランプ陣営が外国機関の協力を受けていたかどうか調査していた特別捜査官の標的になってしまった著者が、自分が関わった悪事を書いた暴露本。おもしろすぎてやばい。

学生時代ディベート競技に参加していた著者は、上院議員のもとでインターンをしたことをきっかけにワシントンDCでのコネを築いてロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの大学院に進学し、卒業後、ロビー活動や広報活動を行う大手業者に就職。さっそく任されたのがリビアのカダフィ政権の代弁。書類のカダフィという名前を見て「どこかで聞いたことあったな」と思ったがパンナム航空爆破事件など国際テロリズムを起こした独裁政権であることを思い出したのは少しあとのこと。ラスヴェガスに大量の現金を持ち込みでドラッグとギャンブルを楽しむカダフィ大佐の息子のアテンドをしたり、シリア政府のイメージ向上の依頼を受け独裁者アサド大統領の妻を先進的な女性だと褒める記事を西側のファッション雑誌に書かせたりと、善悪を気にせず顧客のためにキャリアを積んでいく。顧客の言いたいことをただ代弁するのは広報業者としては二流で、顧客の言いたいことを操作されているとは思わせないままメディア自身に書かせるのが上手な広報だと著者。

ほかにも、当初アメリカでの開催が有力されていた2022年のFIFAワールドカップを誘致していたカタール政府の依頼を受け、アメリカではワールドカップ開催への反対論があるという印象を広めるために市民団体をでっちあげ、引退寸前の政治家を引きずり出してサッカー好きのジャーナリストを巻き込みアメリカのメディアに「ワールドカップ誘致に賛否両論ある」という記事を書かせたり(結果、カタールが開催獲得)、著作権違反の音楽や動画をアップロードさせていたことでのちに逮捕されることになるキム・ドットコムを守ったり(結局こいつ、他人のアドバイスを聞いて余計なことを言わずに黙っていることができない、トランプと同じタイプの人間なので、逮捕されたけど)、アメリカ人向けにオンラインギャンブルを提供していたせいでアメリカに制裁されそうになったアンティグア政府と組んでアメリカを脅し返したり、とおもしろいエピソードがたくさんあるけど、それで実際に政治が動いてしまっているので面白いでは済まない。

自身がロビー活動をして助けたシリアのアサド政権が内戦で自国民に対して化学兵器を使い大勢の民間人を殺害していることを知り、自分がさまざまな悪事に加担してしまってきたことに気づいた著者は、深刻な躁うつ病に陥り愛する妻に捨てられるという思い込みに悩んだが、それでもリスキーな仕事から得られるスリルからは離れられない。イスラエルの情報機関と繋がっていそうな(でも仮にそうだと分かると面倒なことになるので著者は気づかないふりをしていた)企業と取り引きをするうちに、その企業のためのマネーロンダリングや知らない人宛ての荷物を自宅に届けさせて知らない人に引き渡すといった危険な行為にまで手を出すように。ある日連邦捜査局(FBI)の捜索を受けた著者は、自分が取り引きをしていたイスラエルの情報工作企業が2016年の大統領選挙に立候補していたトランプを当選させるための活動に関わっており、トランプ陣営による外国政府との闇取引を捜査していたムラー特別捜査官の標的とされていたことを知る。

著者が外国の独裁者たちのためにアメリカ国内の政治家やメディアに対してさまざまな工作を行っていたにも関わらずそれまでほとんどニュースにならなかったのは、著者がジャーナリストの扱いに長けていたから。事実を部分的に隠したり誇張したりしつつまったくの嘘はつかず、ジャーナリストによって補足されたら独占的に限られた情報を与えることでニュースの対象ではなく匿名の情報提供者の立場に収まったり、どうしても報道されることが避けられないときはあまり影響力がなく主要メディアが後追いをしたくないような二流以下のメディアに先に情報を流すなどして、自分に関する報道をコントロールしていた。また、著者と同姓同名の、既に亡くなっている何十年も前のスポーツ選手の記事が検索エンジンで上位に上がるように工作することで、自分に関する記事が簡単には見つからないようにもしていた。本書を出版したことでさすがにもうDCの広報業者はできないだろうと思いきや、それでもDCのジャーナリストと深く繋がっている著者は有用だと考える顧客はまだいるらしい。

特別捜査官や1/6連邦議事堂占拠事件を調査する下院特別委員会の調査に巻き込まれ、メンタルヘルスを悪化させ一時は自殺も考えた著者は、妻の支えとケタミン療法によって生きる希望を取り戻し、本書で自分が関わってきた悪事について懺悔するとともに政治とメディアにおける情報工作について警告。まあ過去が過去だからいまかれが何を言っても「どうせそれも情報工作だろ」としか思えないのが悲しいところだけど、とても興味深くはあった。