Ken Block著「Disproven: My Unbiased Search for Voter Fraud for the Trump Campaign, the Data that Shows Why He Lost, and How We Can Improve Our Elections」

Disproven

Ken Block著「Disproven: My Unbiased Search for Voter Fraud for the Trump Campaign, the Data that Shows Why He Lost, and How We Can Improve Our Elections

2020年の大統領選挙後、大規模な不正によってトランプ大統領の再選が覆されたことを証明するようトランプ選挙陣営に依頼され雇われたデータ解析専門家による本。結論としてはもちろん「選挙結果がひっくり返されるような大規模な不正の証拠はなかった」という当たり前かつ退屈なものだけど、データをどう使って不正の存在を証明もしくは反証しようとしたのかという話や、アメリカの選挙制度のさまざまな欠陥の指摘はめっちゃ面白い。

著者は起業家・データ解析家であり、ロードアイランド州で穏健党を設立して2010年に州知事選挙に立候補した経験も持つ人。落選後、共和党に移籍して2014年のふたたび知事選に立候補したけど予備選挙で敗退し候補指名は取れなかった。2020年11月の大統領選挙でバイデンが当選すると、選挙結果は不正に基づいており本来なら自分が当選していたとトランプ大統領は主張し、大統領本人や側近、支持者らによってさまざまな陰謀論が拡散された。トランプ陣営のなかではルディ・ジュリアーニやシドニー・パウエルらなんの証拠もない陰謀論を根拠として多数の裁判を起こした弁護士らもいたが、かれらの元で働いていた若手弁護士の中には「こんな茶番に付き合って今後のキャリアを棒に振るうのは割に合わない」と思ってより確かな根拠を探すか、あるいはそうした根拠がないのであれば落選を認めるべきだと考えた人たちもおり、後者の人たちが信頼できる共和党員のデータ解析専門家として著者を指名し、トランプが僅差で負けた接戦州の選挙データを分析するよう依頼した。

依頼を受けた著者は、自分がどのような結論を出したとしても党派的に解釈され世間の半分からは嫌われ自分や家族の安全も脅かされる危険があると感じたが、自分が引き受けなければより党派的なほかのデータ解析家がこの大切な調査を引き受けてしまうという懸念と、トランプ陣営の豊富な資金を使ってこれまでにない規模の選挙結果の検証ができるという魅力を感じ、引き受けることに。また、解析の結果がどうであれ政治的な意向で捻じ曲げることはないがそれでいいかと確認するとともに、トランプが過去のビジネスで業者に仕事をさせておいていろいろいちゃもんをつけて支払いを拒むケースが非常に多いということも知っていたので、費用はその都度先払いしてもらうという条件も付けた。

著者は接戦州から有権者のデータを取り寄せ、それとその他の政府の記録や商業的に売られている個人情報データベースの情報などを突き合わせ、既に亡くなっている人が票を投じたとされる可能性、アメリカ市民でない人が投票した可能性、一人の人が複数の州で投票した可能性、郵便投票で第三者が投票した可能性などを一つ一つ検証していく。しかしアメリカには全国共通の有権者データベースは存在せず、それぞれの州ごとに有権者が登録されているばかりか、選挙結果のデータは全国に3000以上ある郡の単位で管理されておりデータの書式も統一されていない。州や郡によってそれらのデータへのアクセス方法が違い、入手できる情報が限られている州、有権者一人あたりで料金を取るため莫大な料金が必要になる州、公開されているというのは建前で実際に選挙事務所に出向きその場にあるコンピュータで閲覧することはできるけれどデータとしてダウンロードしたり印刷したりはできない州(何十・何百万人分のデータをどうやってその場で閲覧して検証しろというのか)などさまざま。

十分な情報がないため、たとえば運転免許証や社会保障番号が紐づいていない有権者情報はアメリカ国籍を持たない移民による不正投票ではないかという疑いがかかるが、有権者登録の際にそうした情報が全国的に必須とされるようになったのは最近のことなのでただ単にそうした情報を記載しなかっただけのアメリカ人かもしれない。民間の信用情報データベースに記録がないため正規な有権者だと確認できない人はただ単に実家に住んでいるか親元を離れたばかりの若い人である可能性が高い。同姓同名の人たちは何百万組といるけれど、そのなかで同一人物が複数の州で投票したと証明するのは難しいし、同じ理由で投票した人が故人なのかただ単にその人と同姓同名なのかも簡単には区別できない。「◯万人の人が不正に投票した疑いがある」という主張はこうしたさまざまな可能性に基づくものだが、不正投票した可能性があるとされる有権者のうちごく一部をランダムにサンプルしてその人たちについて追加の情報を突き合わせて深堀りしたところ、実際に不正だった例はごくわずかであり到底選挙結果に影響を与えるスケールではなかった。また、わずかに見つかった不正で多かったのは、別荘など家を2つ以上持つ富裕層が郵便投票を使ってそれぞれの家のある州で投票したパターンで、かれらは共和党員だった。ちなみにトランプ大統領は選挙戦のあいだ、選挙制度の欠陥を明らかにするためとして支持者たちに二回以上投票するよう違法行為の教唆を行っており、それが共和党員による不正投票が多く見つかった理由である可能性がある。

多くの人は引っ越すときにわざわざ有権者登録抹消の手続きなんてしないし、新しい住所で有権者登録したら当然もとの登録は抹消されているだろうと思うけど、実際には有権者登録は州ごとにバラバラに管理されているので、意図せず複数の州で有権者登録している人は大勢いる。同様に、連邦政府は社会保障庁を通して国民の死亡記録を持っているけれどそれが有権者登録と連携されていないので、たくさんの故人が有権者登録されたままになっている。有権者登録の申請書に肉筆で記入した名前や誕生日や住所を役人がコンピュータに打ち込んだ際にスペルミスや数字の間違いが入ることも少なくないし、いまだに有権者のリストを印刷し投票所に現れた人の名前の横にシールを貼る形式で管理している地域があったりとアナログな仕組みも残る。あと、事前投票制度や郵便投票制度を使って投票した人が実際の開票日より前に亡くなった場合、その投票を有効とするのか無効とするのか州によって異なり、どちらか決まっていない州も多数ある。さらに、投票結果の詳細なデータが各州によって公開されるまでに数ヶ月の時間がかかり、仮に大規模な不正があったとしてもそれが完全に証明されるころには既に不正に当選した候補が就任してしまっているという問題も。

これらの選挙制度の不備が、不正があったと騒ぎたい人にとっては自分が見たいものを見出す絶好の隙となってしまっている。また投票について連邦政府への提出が各州に義務付けられているデータにも空欄が多くまったく信頼できないばかりか、数字を入れるべき欄に文字が書き込んであったりしてデータ処理すら難しい。いやいやアメリカ、無茶苦茶すぎない?少なくとも連邦選挙については、連邦政府が有権者登録の仕組みやデータの形式などを統一するべきだ、という著者の主張はごもっとも。いやまじで。