Patrick McGee著「Apple in China: The Capture of the World’s Greatest Company」

Apple in China

Patrick McGee著「Apple in China: The Capture of the World’s Greatest Company

1990年代中盤に倒産の危機にあったアップル社がいかにして中国への進出で勝機を掴み、巨額の利益の引き換えに中国の覇権主義の復活に手を貸しその動向に首元を脅かされるようになったか語る本。たぶんそのうち日本でも翻訳されそう。

アップルがどん底の時代からMac一筋だった(ていうかそれ以前は悪いハッカーのともだちに騙されて当時の全然ユーザーフレンドリーじゃないSlackware Linuxを使わされていたけど、いい加減無理ってなってMacに移行した)わたしにとって、アメリオの頃のダメダメなアップルの話は懐かしかったし、スティーヴ・ジョブスの復帰からの流れは「ああそうだった、ジョブスってただのセンスが冴えているだけのイーロンだった」と思い出したりと、いろいろ思い入れはあるのだけれど、本書のストーリーはジョブスがアップル再生のために自社工場を閉鎖して外国のコントラクターに頼るようになってからが本番。

苛烈なジョブスに比べて一見穏健な感じに見えるティム・クックもやっぱりやばい奴で、自社製品を製造するためのコントラクターに無理難題を押し付け、直接の利益を度外視してとにかく技術と経験の吸収と事業拡大を求めた台湾企業フォックスコンが中国本土に展開する大規模な工場に依存するようになると、当然のことながらしわ寄せは労働者たちに集中、工場での過酷な労働や自殺の多発がメディアに報道されるように。もともとアメリカ政府が自国企業の中国進出を後押しした裏には、利益追求だけでなく中国が経済的に世界と繋がり貿易に依存するようになれば民主化の動きも生まれるという期待もあったが、習近平首席の登場いらい中国政府は強権的な傾向を強め、労働運動を弾圧する一方、地方からフォックスコンの工場への労働力移動を指導するなどして、間接的にアップルの利益を守ることに。

アップルと中国政府の力関係の変化を象徴するのは、本書のはじめにも紹介されている2013年3月の事件。習近平が国家主席に就任した翌日、中国の国営テレビがアップルを名指しして、アップルは不具合のある製品をアップルストアに持ち込んだ消費者に交換を拒否したり新品ではなく中古品をあてがっている、ほかの国に比べて中国人の消費者を差別している、というキャンペーンを行う。実際には不具合があるとして持ち込まれた製品は工場で不良品として破棄されたことになっているものや、海外から盗難届けが出されているために動作しないようにされた製品で、アップルには落ち度はなかったが、これらは本物のアップルストアに見せかけた店舗で売られたりしていて、また偽のアップルストアが不十分な修理や交換を行ったことで、消費者は混乱していた。はじめは中国でもほかの国でも返品や交換のポリシーは同じだと説明していたアップルは、中国メディアの追求によりティム・クック本人による謝罪に追い込まれる。ジョブス復帰直後は「Think different.」の広告キャンペーンにキング牧師やガンジーと並んでダライ・ラマを採用しようとしたほど中国の政治に無頓着だったアップルは、香港での民主運動や本土でのゼロコロナ政策反対運動などに使われていたiPhoneの機能を停止したり、活動家たちが使っていたアプリを削除するなど、中国政府の意向を無視できなくなっていく。アップルが独自に番組を制作しているアップルTV+では、ジョン・スチュアートが中国における人工知能の採用について取り上げようとしたところ番組自体が中止に追い込まれた。

第一次トランプ政権によりアメリカと中国との対立が深まったが、ロビー活動がうまくいってアップル製品の輸入には追加関税がかからないようになったり、中国市場での競争相手だったファーウェイが経済制裁の対象となりアメリカ企業のハイテク部品を使用できなくなるなどもアップルに味方し、コロナウイルス・パンデミックを乗り越え史上空前の利益と資産評価を得ることに。しかし共和党だけでなく民主党も中国に対して厳しくなるなか、一国依存は危険だとインドをはじめ他国にも分散しようとするが、中国に築き上げた膨大なサプライチェーンを再現することは難しく、中国の部品をインドに持っていって組み立てているのが現状。しかも進出先のインドやヴェトナムなどは中国ほど中央集権的でなくアップルに都合よく労働者を連れてきてはくれないし弾圧も簡単ではない。

中国本土からの生産拠点の分散が進んだところで、アップルが自社のスマホやコンピュータ用に開発している独自のマイクロチップの生産は台湾のTSMCに依存しており、中国政府の動向によっては一瞬にしてアップル商品の生産はストップしてしまう。台湾を攻撃・侵略すれば中国自身にも大きな損害が生じることは明らかだけれど、それでも国際情勢によってはその危険は排除できず、みすみす中国にTSMCの施設を接収させるくらいならアメリカは爆破するだろうとも言われている。アメリカ製品を絶たれたファーウェイはTSMCほどではないものの自国産の技術をどんどん向上させているし、韓国のサムソンはとっくに中国から撤退して世界各地に生産拠点を分散しており、アップルほど巨大な国際企業がたった一つの外国政府の動向にこれだけ依存しているのは異様。トランプ第二次政権でもさっそくトランプに泣きついてアップル製品を追加関税から除外するようはからってもらったけど、長期的な問題としてはどうにもならなさそうな雰囲気。