Mike Madrid著「The Latino Century: How America’s Largest Minority Is Transforming Democracy」

The Latino Century

Mike Madrid著「The Latino Century: How America’s Largest Minority Is Transforming Democracy

メキシコ系移民の両親のもとカリフォルニア州で生まれ育った選挙戦略家の著者が、黒人を抜いてアメリカ最大のマイノリティとなったにも関わらずいまだに民主・共和の両政党から理解されていないラティーノの政治傾向や政治的要求について解説し、両党により効果的にラティーノの声に耳を傾けるよう訴える本。

著者はメキシコ系移民二世で、著者が政治に興味を持った当時はカリフォルニア州知事でのちに大統領になったロナルド・レーガンに魅了され共和党の地元支部でボランティアをはじめる。アメリカは自由と機会の国であるというレーガンの希望的なメッセージに惹かれた著者は、当時はまだ州内でそれなりの勢力を保っていた共和党のなかで頭角をあらわし、州共和党の政治局長に上り詰める。レーガンからブッシュ41stに続いた時代、非正規移民に対するバッシングはあったものの移民はカリフォルニアの活力のもとであるという認識は共有されていたし、クリントンを挟んで次に共和党の大統領となったブッシュ43rdは流暢ではないもののスペイン語を話し、テキサス知事としてメキシコとの友好関係を重視した。もともと労働組合を支持基盤としていた民主党はアメリカ人労働者と競合する移住労働者の流入に反対する傾向が強く、安い労働力の流入を歓迎するビジネス界の支持を受けていた共和党のほうがラティーノの友好的な側面もあった。

著者は共和党のなかでたびたび非正規移民に対する強硬なバッシングや排斥主義的な動きがあっても、市民が非正規移民より自国民を重視するのはもっともだ、と理解しようとつとめ、それが人種差別と結びついていることは見てみるふりをしてきた。しかし2016年にトランプが大統領選挙に立候補し、出馬表明演説でメキシコ人移民はレイピストや殺人者だと言ったり、自分のビジネスが行った詐欺を審理していた判事のことを「メキシコ系だから正しい判断ができない」と叩いたのを見て、ついに共和党内の移民排斥主義が人種差別と強固に結びついていることに向き合わさせられる。そこにはレーガンに感じたアメリカに対する希望的な観測はなく、世界中から食い物にされ非白人の移民によって置き換えられる恐怖とそれに対する暴力だけがあった。著者はトランプの当選を阻止しようとする共和党員たちのグループ・リンカーン・プロジェクトの八人の創設者の一人となった。

著者によれば、共和党が人種差別的な反移民主義に流れる一方、民主党の側も本来なら得られるはずのラティーノの有権者の支持を十分に得られていないと指摘する。民主党の白人指導者たちはラティーノのことを「第二の黒人」だと思っており、適当に反差別のリップサービスをして共和党がどれだけ差別的か騒げば済むと考えているが、実際のところほかの集団に比べて若く貧しい下層労働者が多いラティーノが求めているのは職と経済であり、人種差別をめぐる文化的な論争にはあまり興味がない。移民法改正は移民世代である一世やその子どもである二世は強い関心を抱いているが、増えてきている三世・四世以降はそれほどでもなく、共和党による移民排斥を訴えたところであまり効果はないし、移民局の廃止など極端な改革は望まれていない。かれらは民主党が左派が仕掛ける文化闘争によって左傾化してしまっていると感じており、いまでは民主党のなかで黒人とラティーノがともに中道派の支持層になっている。

民主党が左傾化してしまった結果ラティーノの支持を得られていないという議論のなかで、著者は民主党は警察廃止論や批判的人種理論にこだわっている、と言っているけれど、実際のところ民主党内で警察廃止論を支持する政治家はほとんどいないし、批判的人種理論を主張してもいない。この人当人もこれまでさんざん広めてきた共和党による民主党攻撃のためのデマメッセージをいつの間にか信じ込んでしまってない?と思うけど、まあ実際そうした宣伝は有効なので、そういう印象を持っている人がいるというのも分かる。民主党の政治家たちは、少なくとも批判的人種理論の普及よりは経済の好転や職の増加をもたらすために必死になっていると思うんだけど。いろいろ不満ももちろんあるけど、経済や職を口実に高所得者向けの減税しかやらない共和党よりはずっとましでしょ。ただ妊娠中絶問題については、よく評論家はラティーノは信心深いカトリックが多いので中絶反対派だと言うが、仮にそうであってもかれらは福音派ほど中絶問題を重視していない、という指摘はおもしろい。共和党が推進する極端な中絶禁止の動きには女性を中心に反発する人が多いものの、民主党内の左派が主張するような中絶に対するほとんどの制限の撤廃にも反対があり、この点でも両政党はラティーノの支持を得られていない。

トランプをはじめとする人種差別的・排外主義的な白人たちによる揺り戻しが起きているものの、長期的に見ればアメリカの人口において若く相対的に貧しい非白人のウェイトが今後高まっていくのは間違いない。しかし待っていれば民主党が常に勝てる時代になるかというとそうでもなく、移民政策から民主党を支持している移民一世・二世にかわって三世・四世以降の世代が増えているなか、ラティーノの政治的傾向はアメリカの平均値に近づきつつある。2020年の大統領選挙で、あれだけラティーノに対する差別的な発言をしていたトランプが2016年よりラティーノの支持を増やしたことが注目されたが、それはトランプが支持を増やしたというよりはラティーノ有権者のなかで進行中の世代交代の結果であって、もしあれほど差別的でなければ本来トランプはもっと支持を得ていたはずだと著者は言う。

本書で一番おもしろいのは、著者と2005年から2013年までロサンゼルス市長だったアントニオ・ヴィヤライゴーサとの関係。同じラティーノだけれど州共和党の戦略家である著者と民主党員であるヴィヤライゴーサ市長は天敵で、あらゆることをめぐって対立したけれども、2018年のカリフォルニア州知事選挙に立候補を考えていたヴィヤライゴーサは党が異なる著者に選挙運営を任せようと声をかけた。当時民主党のなかでは元サンフランシスコ市長のギャヴィン・ニューサムが有力視されており、州の主だった民主党有力者たちがみなニューサムを支援するなか、党内に信頼できる仲間がいなかったヴィヤライゴーサはかつての宿敵であり2016年以降リンカーン・プロジェクトの一員として独自路線を歩んでいた著者に声をかけたのだった。まあ結局ニューサムが当選したわけだけど、なんてゆーかかつてのライバルが仲間になる少年ジャンプ的な展開でさらにBL本も生まれそうなエピソード。