Melissa DeRosa著「What’s Left Unsaid: My Life at the Center of Power, Politics & Crisis」
コロナウイルス・パンデミックでトランプ大統領に代わってリーダーシップを発揮し、その一年後には多数のセクシャルハラスメントの告発を受けて辞任したアンドリュー・クオモ前ニューヨーク知事の最側近にして秘書官(ニューヨーク州政府において知事が任命する最高位の役職)を務めた著者による自叙伝。
本書の前半は、コロナウイルス・パンデミックが最初に爆発的に流行したニューヨーク市を抱えるニューヨーク州で、リーダーシップを果たそうとしない連邦政府やトランプ大統領にかわってクオモ知事が毎日記者会見を開き、なにが正解か分からないまま医療崩壊を防ぐために著者ら州知事のスタッフたちが知事公邸に住み込み奔走した経験について、そして後半はクオモ知事が全国的に注目を集め、一部ではバイデンにかわって民主党はクオモを大統領候補に担ぎ出すべきだという意見も飛び出すなか、その反動としてニューヨーク政府がコロナ死者のデータを隠蔽したのではないかとか、間違った方針により老人ホームでのコロナの流行を悪化させたのではないかという疑惑で叩かれだし、ついにはセクシャルハラスメントの告発が広がり不本意な辞任に追い込まれるまでが書かれている。
本書はクオモ知事に対する批判や告発を民主党内の極左勢力やクオモの地位を狙うライバルたち、そしてセンセーショナルな情報を垂れ流すニューヨークのメディアによる不当な攻撃として、クオモ知事およびその側近だった彼女自身を全面擁護する怒りの本。中道リベラルの立場に立つクオモに対しかれを追い落とそうとしたニューヨーク市長のビル・デブラシオやニューヨーク司法長官のレティーシャ・ジェイムズ、AOCらクオモの政敵、そして無能なのにクオモの業績を横取りしたと著者が言うクオモの後任のキャシー・ホークル現知事に対する著者の攻撃は凄まじく、よくここまで書いたなという思いとともに、ニューヨークの政治のおそろしさがよく分かる。AOCよくこんなところでやってるな… わたし、ワシントン州で政策関係の仕事しててよかった。
著者はクオモに対するセクハラの告発について、もともとはクオモに敵対する選挙候補者がツイッターで言い出したことで、最も深刻な訴えについてはクオモにアリバイがあるなど客観的に否定できる証拠があり、その他の多くの告発はクオモの部下ですらなかった一般人が「記念写真を撮影する際に腰を触られて不快だった」というような、仮に事実であったとしてもセクハラにはあたらない、少なくとも選挙で選ばれた公職者が辞任させられるほどのことではないと主張する。最終的に11人の女性からの告発があったというだけで「そんなに多くの人が告発しているのであれば何らかの事実はあるのだろう」と判断されクオモに対する辞任の圧力が広がってしまったが、間違っていたという。著者はさらに、11人からの告発をまとめた(そしてクオモ知事の辞任後にその後釜に立候補した)ジェイムズ司法長官の報告書はそれぞれの告発の深刻さや信憑性をきちんと吟味しなかっただけでなく、クオモに有利に働くような事実や告発者自身の発言を隠蔽していた、と厳しく糾弾する。ところで最近、ニューヨーク市のエリック・アダムス市長がいくつかのスキャンダルを騒がれて失脚しそうになっており(ニューヨークの政治のヤバさがまた出てきた)、ジェイムズ司法長官の報告のおかしさが明らかになったと自信を回復しつつあるクオモ前知事が市長選に意欲を出しているとか。
あと、共和党の下院議員で党会議議長(党下院ナンバー3)のエリス・ステファニク議員との長期にわたる友情とステファニク議員が党内穏健中道派からトランプ派に転向して決裂した話や、トランプの娘婿であるジャレッド・クシュナーとの関係(クシュナーとクオモは親の世代から付き合いがある)についての著者の話もおもしろいと同時に、いろいろ家系で繋がっているニューヨーク政界のおそろしさをさらに感じた。著者の父親はニューヨークで有力なロビー会社のアルバニー(ニューヨーク州都)の代表者で、著者が州知事秘書官に就任した際に「ロビイストの娘が秘書官に」という記事をメディアに載せられて「自分自身で働いてきたキャリアを消し去るな」と著者が怒ったのだけれど、クオモが辞任したあと彼女の後任の州知事秘書官になった人の夫も同じロビー会社で働いていたりして、ますますニューヨーク政治の闇を感じた。