Mary Frances Phillips著「Black Panther Woman: The Political and Spiritual Life of Ericka Huggins」
ブラック・パンサー党の指導者の一人だった黒人女性活動家エリカ・ハギンス氏の伝記。著者は学生時代にハギンス氏をインタビューして以来長年にわたって彼女を知る研究者で、存命中の親しい、でも友人というよりはメンターにあたる人物の伝記を書くという難しい作業をきちんとやり遂げてすごい。
エリカ・ハギンス氏はワシントンDCの黒人中流家庭で育ち、子ども時代にはキング牧師が有名なスピーチを行った大行進にも「危険だから行くな」という親に対して自分はどうしても行かなければいけないと反論して徒歩で参加。ペンシルヴァニア州にある黒人大学に通っていたとき、ブラック・パンサー党とかれらに対するFBIや警察による弾圧について知りいてもたってもいられなくなり学生結婚していた夫とともに退学してカリフォルニア州にわたった。夫はブラック・パンサー党ロサンゼルス支部の代表となるが、FBIによる工作によって対立させられていた別の黒人団体との抗争で殺害される。夫の葬儀のために訪れたコネティカット州ニューヘイヴンにそのまま移住したハギンス氏は同地でブラック・パンサー党を指導するも、内部でFBIのスパイだと疑わた人に対するリンチ殺害に加担していたとして党創始者の一人ボビー・シールとともに逮捕される。
ハギンス氏はこの逮捕により二年間刑務所に収容されたのち、陪審員12人のうち10人が無罪・2人が有罪を主張して判決が出ず、そのまま釈放。しかしこの二年間の刑務所生活は彼女の人生に大きな影響を与えた。もともと黒人が武装することによる警察からのコミュニティ防衛を掲げていたブラック・パンサー党は次第に政府によって放置されたコミュニティのための医療クリニックや子どもが学校できちんと学べるための朝食の提供などケアの提供に力を入れており、その背景にはパンサー党に参加しリーダーシップを担った多くの女性たちの存在があった。ハギンス氏はこうした取り組みを刑務所内に持ち込み、ほかの収容者たちとともにシスター・ラヴ・コレクティヴを結成、刑務所内で手に入るもので工夫して髪のスタイリングや化粧をしたり、囚人服をカスタマイズする手伝いをするなどしながら、外部のパンサー党メンバーたちの協力を得て収容者たちが家族と連絡を取るのを支援したり、保釈金が比較的少額な人のために寄付を集めて保釈させたりした。人間性を否定するために作られたような刑務所のなかで、あくまで黒人女性としての自尊心を守り、またパンサー党の一部がハマっていたヨガを教えるなどしてほかの収容者たちを支えた。トランプ政権の暴走でわたしもいつまで娑婆にいられるか分からないけど、もし収監されたらこんな姐さんほしい。てか自分がそれを目指さないといけないのか。
有罪判決を受けることがないまま刑務所から釈放されたハギンス氏は、黒人コミュニティでヨガを広める活動をするとともに、ブラック・パンサー党が設立したコミュニティ学校の校長に就任。のちに閉鎖されるまで、コミュニティ学校は既存の学校に比べて先進的なカリキュラムと生徒のケアを大切にする姿勢から評判を集める。またそのなかで障害のある子どもたちへの教育に取り組んだことから障害者運動との密接な繋がりを持つことになり、ジュディス・ヒューマン(「Being Heumann: The Unrepentant Memoir of a Disability Rights Activist」著者)ら障害者活動家によるサンフランシスコ連邦健康教育福祉省ビル占拠の際に毎晩ブラック・パンサー党が活動家たちに食事を届けた連帯行動にも繋がっている。
苛烈な運動に参加していただけあってハギンス氏の逸話は良いことばかりでもなく、校長として部下の教師に対して脅しのような発言をしたことなども本書で取り上げられている。その件は元部下による告発があり正式に謝罪して解決しているが、常にFBIに追い回され、いつ殺されたり犯罪をでっちあげられて刑務所に放り込まれるかもわからない環境に何年も身をおいていた彼女がそうした日常的な暴力性に影響を受けなかったはずがない。だからこそコミュニティのケアを最重視し、ヨガやその他の非白人の伝統から学び広めようとする彼女の考え方は響く。タイトルは「ブラック・パンサー・ウーマン」だし、彼女が最も有名なのはパンサーの指導者の一人としてだけれど、同じ時期に刑務所から釈放されたアンジェラ・デイヴィスとの関係やその他ブラック・パンサー党時代の話だけでなく、活動家・教育者として、セルフケアとコミュニティケアの先駆者として、そしてバイセクシュアルのクィア女性としていまも現役で活動している77歳のハギンス氏の人生と魅力が詰まった本だった。