Liran Einav et al.著「Risky Business: Why Insurance Markets Fail and What to Do About It」

Risky Business

Liran Einav, Amy Finkelstein & Ray Fisman著「Risky Business: Why Insurance Markets Fail and What to Do About It

アメリカ在住の人ならみんな経験している保険業界のいびつさを逆選択の理論で説明する本。逆選択について分かっていれば読むまでもない本だけど、豊富な実例やエピソードを通してあらためてどうしてあったら助かるはずの保険が存在しないのか(離婚保険など)、存在するけどクズみたいなものしかないのか(歯科保険)、あるいはやたらと高額なのか(ペット医療保険)これでもかと紹介。公平性を高めるための政府の介入がさらに問題を悪化させるパターンや、医療保険をよりマシにするためには健康な若い人たちに助成金を出すべきだといった計算上は正しいけど政治的に難しそうな提案など、考えさせられる。

医療保険を例に逆選択の理論を単純に説明すると、もし医療保険に加入するかどうかが任意だった場合、若くて健康な人たちは保険料を支払っても払い損になる確率が高いので加入せず、高齢だったり持病があったりで保険の恩恵を受けることができそうな人だけが保険に加入しようとする結果、利益を確保するために保険料は高額にならざるを得ず、するとさらに若くて健康な人は加入を避け医療費がたくさんかかる人だけが加入し、するとさらに…というスパイラルのあげく保険自体が存在できなくなる、という市場の失敗の一つのパターン。こんな事態が起きてしまうのは、誰がどれだけ医療費を必要とするのか保険会社の側からは正確に計算し辛く、それぞれの個人はより正確に自分の健康状態について理解しているという情報の非対称性があるから。あるいは「病気に苦しんでいる人の加入を拒んだり高い保険金をふっかけるのはイカン」と保険会社が自分たちの利益につながる情報の取得・利用を政府が規制するから。アカロフせんせーのレモン市場論文で有名。

著者らはオバマケアをめぐる裁判において最高裁判事たちが「もし政府が個人に医療保険加入を義務付けられるのだとしたら、ブロッコリーを買うよう義務付けることも可能なのか?」とトンデモ議論を繰り広げたことを批判して、医療保険とブロッコリーでは市場の性質がまったく違うことを指摘するが、市場にも政府にも問題があるから両方を組み合わせてちょうどいい感じにするのがいいよ、的な議論をしている。でも考えれば考えるほど、少なくとも医療保険のように公共性のある保険については、政府が税方式で一手に引き受けるか、少なくとも公営によるパブリック・オプションが市場の大きな部分を占めるような仕組みにする(後者は前者にくらべ民間によるクリームスキミングが発生して税負担のコストは高くなるけれど、競争による情報の利益が得られる)しかないように思うんですけど間違ってます?

著者らはこの本「リスキー・ビジネス」に続いて第二弾「よりリスキーなビジネス」第三弾「最もリスキーなビジネス」といったハリウッド大作の次作予告みたいなタイトルの出版を予定しているらしく(リスキーな予告だなあ)、それらでは保険業界以外における逆選択についての話を広げるらしい(最近紹介したMoviePassの破綻とかもそれだな)ので、ハリウッド大作のシリーズ2作目・3作目と同じくらいは期待しておく(いない)。