Stacy Spikes著「Black Founder: The Hidden Power of Being an Outsider」

Black Founder

Stacy Spikes著「Black Founder: The Hidden Power of Being an Outsider

映画館で映画を見放題になるサブスクリプションサービス「MoviePass」の黒人男性創業者による本。MoviePassといえば「利益は度外視してとにかくユーザを獲得すれば利益はあとからついてくる(ついてこなくてもまあ会社ごと売り抜けられる)」というアマゾンやフェイスブック、Uberなどでおなじみのシリコンバレーの成功法則を追い求め、月額10ドルで映画を見放題、ただし実際にはユーザが希望するチケットを定価で映画館から買ってユーザに提供し、ユーザ数に釣られて投資された資金で補填している、というどう考えても無茶苦茶なビジネスモデルを展開、当然行き詰まってかつてのドットコムバブル末期みたいなドタバタを巻き起こして燃え尽きたIT企業だけど、その裏話を含め怖いもの見たさで手に取った。

著者はテキサス州ヒューストン出身で、高校卒業後、エンターテインメント業界での成功を夢見てハリウッドへ。俳優を目指して実際にレッスンに通いオーディションにも行ったけれども若い黒人男性としてギャングの演技ばかり求められて辟易。ミュージシャンとしての活動もしたけど成功せずに、音楽業界でプロモーションや制作の仕事をはじめる。モータウン、ソニーミュージックなどを経て映画音楽への関わりから映画業界に進み(このあたりでは有名アーティストの名前が次々登場して豪華)、ワインスタイン兄弟のミラマックスではよく知られたワインスタイン兄弟のパワハラを受けかれらの殺害を考えたことも。黒人の監督やプロデューサに機会が与えられないことを目にした著者は新たな映画祭を企画し成功させるも、その映画祭を中心に立ち上げた映画配給会社は不景気などがあり一度目の企業は失敗に終わる。

再起を目指して著者が次にはじめたのがMoviePass。映画が大好きで映画業界で長年働いた経験から、月額定額で映画が見放題なサービスがあれば人気が出ると考えた著者は、スマホの位置情報を使ってユーザが映画館で当日まだ売れ残っている当日券をチケットブローカーを通して入手できるシステムを作る。大々的に発表するも、大手映画館チェーンは事前に自分たちの許可を取っていないとして批判、チケットブローカーとの契約も打ち切られてしまう。おまけにエンタメ系メディアから「IT業界の連中が好き勝手している」と叩かれたことで、エンタメ業界の人間だと自認していた著者はショックを受ける。

チケットブローカーとの契約なしにユーザのもとにチケットを届ける方法を探した結果、著者がたどりついたのはアプリにデビットカードの性能を持たせ、ユーザが映画館でアプリを使って観たい映画を決めた瞬間にそのデビットカードにチケット料金分のお金を振り込むこと。そのお金はその映画館でしか使うことができず、一定の時間内に使わなければまた回収される。こうすることで、MoviePassの定額料金を払ったユーザはアプリを通して観たい映画を選び、すぐにチケットを手にすることができるようになる。ただしなんのディスカウントもないのでチケット料金はまるごとコストとなるが、それをそのまま月額の料金に反映させてしまうと、高い料金を払っても元が取れるほどたくさん映画を観たい人だけしかユーザにならなくなってしまうので、ユーザ数は減って料金は高騰してしまう。経済学でいうところの逆選択の問題。その結果を避けるためにはカジュアルなユーザを増やす必要があり、そのためには料金は上げられないけれども、資金繰りは苦しくなっていく。

2017年、ついに経営は行き詰まり、MoviePassは投資会社に買収されることになる。ところがこの投資会社、利益を生み出すためにはとにかくユーザ数を増やす必要があると、料金をそれまでの数分の一である月額9.95ドルに一気に下げ、大規模な宣伝を開始する。当時、わたしの周囲でも「信じられないくらいすごいサービスが出来た」と話題を呼び、たくさんの人がMoviePassの会員になったけれども、数ヶ月のうちにサービスの質が低下、肝心なときに繋がらなくなったり、実際にはチケットが売られているのに「売り切れ」だと表示されたり、カスタマーサポートの電話が廃止されアプリで苦情を送っても反応がなかったり、解約しようとしてもできなかったり。自分が生みだしたMoviePassの評判が新たな経営陣によって壊されていくのが我慢できず著者は何度も抗議するも、結局解雇される。で、まあ当然なのだけれど、MoviePassはしばらく迷走したあげく、政府による捜査が入り、破綻する。

MoviePassから解雇されたあとまた別の事業をはじめようと準備をしていた2022年、著者はMoviePassの資産が破産裁判所によって競売にかけられていることを知る。ほかに買い手が現れないなか、元の創業者である著者はMoviePassを再買収、あらたなビジネスモデルを採用したMoviePass復活が進んでいる。とはいえMoviePass以降、各映画館チェーンなどが既に独自の定額サービスを開始してしまっているので新生MoviePassの今後はやはり険しい。まあものすごい経験をしてきた著者だし、映画業界でもIT起業の世界でも注目を集めている数少ない黒人経営者なので、がんばってほしいと思う。