Alexandrea J. Ravenelle著「Side Hustle Safety Net: How Vulnerable Workers Survive Precarious Times」

Side Hustle Safety Net

Alexandrea J. Ravenelle著「Side Hustle Safety Net: How Vulnerable Workers Survive Precarious Times

フルタイムの雇用が減少するなか、生活のために複数の仕事を掛け持ちしたりデリバリーなどのギグ・エコノミーで収入を得ようとする多くの人たちの存在と、フルタイム雇用を前提とした失業保険制度のミスマッチについて論じる本。著者はギグ・エコノミーで働く人たちについての著書がある社会学者で、コロナウイルス・パンデミックによって広がった失業への救済として実施された一時的な失業保険制度の拡張によって救われた人とその恩恵を受けられなかった人たちなど多数の人たちに取材して書かれている。

失業保険制度は20世紀前半の世界大恐慌の時代にニューディール政策の一環として生まれた。その目的は二つあり、第一は失業によって収入を失った人たちの困窮を救うこと、そして第二は不況や産業構造の変革によって失業者が増えた際に社会的な需要を支えさらなる景気の悪化を避けることだ。コロナウイルス・パンデミックの初期にはこれらに加え、失業した人がすぐに新たな職を探すために出歩くのではなくしばらく自宅で待機できるようにすることで感染症の拡大を防ぐ目的が追加された。しかし失業保険制度はフルタイムで長期雇用されている一家の大黒柱を対象として設計されたため、フルタイムの長期雇用が減少し、多くの人たちが複数の仕事を掛け持ちしたり、デリバリーサービスをはじめギグ・エコノミーなど法律上は自営業とされる形態で収入を得ている現在の社会とはマッチしていない。そういった人たちは失業しても特定の雇用者のもとで法律上要件とされるだけの期間働いていなかったり、十分な収入を得ていなかったりで、失業保険を受けられないことが多く、さらにギグ・エコノミーで働く時間を増やすなど、失業のリスクを過剰に負わされている。

そういうなか起きたコロナウイルス・パンデミックは、失業保険のあり方について考える大きな機会となった。ニューヨークなど多くの都市で医療体制が崩壊し、感染者が体育館に並べたベッドに収容されたり多数の遺体が一時的に冷凍トラックで保存されるなか、運良くリモートワークに移行できた人は別として、それ以外の人たちは失業するか、マスクも不十分ななか「エッセンシャル・ワーク」とされた仕事を続けるかしかなかった。政府は一時的に失業保険の対象を拡張し、自営業やギグ・エコノミーで働いていた人もその対象となるようにしたほか、失業保険の受給中は求職活動をしなければいけないという規則も停止、さらに一定期間のあいだ、失業保険受給を認められた人たちに毎週600ドル(のちに300ドル)のボーナスを追加した。これらは、できるだけ多くの人たちを救済するとともに、需要を支え、また失業を受け入れて自宅で待機するよう促す目的があった。

こうして拡張された失業保険制度により失業保険を認定された人たちの中には、失業前にくらべて収入が増えた人も少なくなかった。失業保険は州によって割合はまちまちだけれど、通常、失業保険の受給額は失業前の収入から数割減らした額になるのだが、毎週600ドルのボーナスが追加されたことにより、それまで収入が少なかった人にとっては一時的に収入が大きく上昇することになった。また、失業保険を申し込む人たちが殺到し、サーバや政府の職員のキャパシティを超過してしまったため、一時期は申し込もうとしても申し込めなかったり、申し込んでもなかなか回答がなかったりした時期もあったが、のちに失業保険が認定されると申し込んだ日からその時点までの分の受給額が一度に振り込まれた。その結果、もともと収入が少なく銀行口座にもほとんど貯金がなかった人たちが、ある日突然数十万円単位のお金を手にすることになった。

そういう経験をした人たちにとって、不謹慎ながらコロナウイルス・パンデミックは人生をやり直せる最大のチャンスともなった。それまでギリギリの生活を支えるために複数の仕事を掛け持ったりギグ・エコノミーを続けたりで不安定な生活をしていた人たちが、突然長期間に及ぶ収入保証とまとまったお金を得たのだから、新たな仕事をするためにオンラインで資格を取ったり小規模なビジネスをはじめる絶好のチャンスを得たことになる。著者がインタビューした人たちのなかには、そうしたチャンスを掴んでパンデミック後には以前からやりたかった仕事についたり、新たなビジネスをはじめた人たちが複数いた。

その一方で、過去の収入を証明する手段がないなどの理由で失業保険を認定されなかった人や、受給資格がないと思いこんでしまった人、福祉の世話になってはいけないという信念にとらわれて申し込まなかった人、申し込もうとしたけれどサーバも電話も繋がらないので諦めてしまった人など、失業保険を受けることができなかった人たちは、危険を冒してデリバリーなどの仕事をするしかなかった。こうした人たちの多くはコロナに感染し、少なくない人が亡くなってしまうなど、失業保険制度の不備が人々の生死に直結した。

パンデミック期に偶然行われた失業保険制度のこうした社会実験の経験は、フルタイムの長期雇用を前提とせず必要な人がアクセスしやすい失業保険の必要性だけでなく、ベーシック・インカムの可能性も指し示している。パンデミック初期に失業保険を受けることができた人たちは、なんの義務も生じず長期的な収入が保証されるベーシック・インカムを受けていたのとほの同じであり、その結果としてその場しのぎの労働に追いやられるのではなく資格を得たりビジネスをはじめるなど本来やりたかったことをはじめることができた。これからの時代に必要なセーフティネットとはどういうものなのか、パンデミック初期の経験はこれからの参考にされるべき。